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猫猫事件帖 とある学生たちの放課後編 その参

 


「動くな、人質がどうなってもいいのかー」

「きゃー!動かないでー!殺されちゃうー!」

 目だし帽を被った深海は棒読みながら、できるだけ大きい声を出した。その腕の中で包丁を突きつけられている彰はどこか楽しそうだ。

「全員動くな!人質をとられているぞ!」

 焦った警察の一人が声を張り上げる。どうやら一応騙されてくれているらしいが、深海の演技の下手さに違和感を覚えられるのも時間の問題だ。

「……ちょっと」

「なんだ」

「もうちょっと迫真の演技できない?」

「十分だろ」

「棒読みすぎ、こんなんじゃ弱そうすぎてすぐに捕まえられるじゃん」

「そうなったらどうにかしてくれるんだろ?」

「当たり前」

 こそこそと小声で話しながら、二人は目くばせした。警察官は待て!落ち着け!と必死の説得を繰り返している。

 じりじりと寄ってくる男。二人はそれを合図に目くばせした。

「……楽しそうだな」

「確かにちょっと楽しいかも。こんなシチュエーションまあないもん」

「楽しいのはいいが早くしてくれ、この目だし帽オッサンの涙で濡れてて気持ち悪い」

「あはは、可哀想」

 じゃあ、と彰が口を開けたと同時に、警察官が一歩踏み出した。

「息止めとい方がいいよ」

 彰が笑うと同時に大きな爆発音。警察官たちは慌てふためき、各々が困惑の声を上げる。

 あたり一面にピンクと白の混じり合った煙が充満し、彼らの視界は一瞬で奪われた。パチパチと弾ける小さな連続する光。まるで魔法のように煙は溢れ返って彼らを包み込む。

「なんだ!?何が起きている!?」

 咳き込む彼らの意識は遠のいていく。そして一人、また一人と地面に倒れる音が響き、次第にそれすらなくなるとーーー……

 まるでそこには最初から何もなかったかのように、煙も、目だし帽の男も、捕らわれた少女も一瞬でその場から消えてしまった。

 

 

 

 


 猫猫事件帖 とある学生たちの放課後編

 

 

 

 


「あ、あんなことして嬢ちゃんたちは大丈夫なのか?」

「ヘーキ、後で色々手を回しとくから」

「彰ちゃんすごいねーー!魔法みたい!!ピンクがぶわーー!って!!キラキラしてて!!ぶわーーって!!!」

「気に入った?」

「うん!!!」

「あ、きのみちゃん口についてるよ、はいハンカチ」

 バニラ味のソフトクリームを頬張りながら、木野宮は渡されたハンカチを受け取る。同じくソフトクリームを舐めながら彰と明乃はベンチに座って涼んでいた。駅前の売店で彰はチョコとバニラのミックスを、明乃はストロベリーを選んだ。

 困惑しながらも佐々木は少女たちにおじさんの分も!と買ってもらったソフトクリームを一口食べる。こんな子供に奢ってもらって情けないが、久しぶりに口にした嗜好品の味に思わず涙が滲んだ。

「わかったぞ」

 抹茶味のソフトクリームを食べる深海は、全員の視線の前に手に持っていたスマホを掲げる。

 そこには一人の男の写真が映っていた。

「ああ、この男だ!!間違いない!こいつが俺に宝石を売った男だ!!」

「そんなに大きな会社じゃないが、どうやら似たような詐欺でずいぶん稼いでるらしいな。その金で宝石やらジュエリーを買い漁って保管してるらしい」

「場所は?」

「お気に入りの物は全て別荘に、後はわからん」

 木野宮が手に垂れたソフトクリームを舐めとる。すかさず明乃がその跡をハンカチで拭う。

「じゃあ、取りに行こうよ」

「え!?」

「宝石。お金払って買ったんでしょ?」

 彰はあっけらかんとしながら立ち上がった。

「じゃあおじさんが貰っても問題ないよね」

「で、でもそんなのバレるんじゃ」

「売り捌くルートならこっちで確保できる」

 深海もまた、当たり前かのように答える。佐々木は混乱を極めていた。

 いったい彼らは何者なのか。もしかすると、ごっこ遊びや冗談、あるいは中二病の類かと思っていたが、そうではなくあの自己紹介が本物だったのではないかと思い始める。

 未だにからかわれているのではないかという気持ちも拭い切れないが、実際に彼らは強盗を顔色ひとつ変えずに撃退し、更に警察まで撒いてきたのだ。

「そ、でも、そんなことを……」

「おじさん、悪いことしてないんでしょ?」

 木野宮が聞いた。純真無垢な目だった。彼女は包丁を持った佐々木に囚われそうになったというのに、まるで最初から佐々木が彼女を傷付けないことを知っていたかのように。

 何も疑わず、何かを信じている目だと思った。

「で、でも俺は、強盗しようと思って、あの店に」

「未遂だからいいんじゃない? それに、元はと言えばこの男が騙したからこうなっちゃったんでしょ」

「それは……そうだ、そうだ、あの男が俺の人生をめちゃくちゃにしたんだ……」

「じゃあやり返しちゃお。手伝ってあげるよ」

 ね、と彰は笑った。一同は当たり前のように頷いている。

 佐々木は不思議と涙が内側に引っ込んでいくのを感じていた。本当にやれるのかという不安もあるが、なんとなく、なんの根拠もなく、この子達ならできるのではないかという確信めいたものが芽生え始めていた。

 騙されていたとしてもどの道人生諦めるしかなかったのだ。それならここで、いっそバカのような選択をするのも悪くない。

「嬢ちゃんたち……」

 佐々木は勢いよく立ち上がり、その場で地面に頭をつけた。まだ明るく人も通るというのに、それでも気にせずに。

「頼む!力を貸してくれ!!なんとかあいつを、ギャフンと言わせてやってくれ!!」

 情けない姿だったかもしれない。大の大人が、子供相手に土下座して頼み事をしているのだから。

 だが彼女たちの誰も、それを馬鹿にはしなかった。木野宮は佐々木の前にしゃがみ、手を差し伸べる。

 相変わらず彼女の瞳の奥にあるのは、好奇心と、面白いことへの期待だけだったが。

「その依頼、確かにうけたまわりましたぞ!!」

 


* * *

 


 深海が調べた別荘までは、電車で1時間半ほどかかる隣県にあった。バスを乗り継けばなんとか車無しでも行けるらしい。

 各々が駅で切符と、売店でお菓子を買い込んで電車に乗る。田舎に向かえば向かうほど乗車客は減り、いつのまにか随分と空も暗くなり始めていた。

「君たちは本物なのか?」

 今から敵地に向かうとは思えないほど明るく普通の空気に流されそうになりながらも、佐々木はなんとか口を開くことができた。

 それは当たり前の質問であり、しかし彼女たちからすれば到底不思議な質問だった。

 怪盗を名乗る少女と、性別がわからない少年もしくは少女、計二名。名探偵を名乗る少女一名。何でも屋を名乗る青年一名。

 もちろん佐々木もニュースやネット記事で怪盗の存在は知っていた。だが、その正体がこんな普通の少女たちであると誰が思うだろうか。

「まだ信じてないの?」

 彰は木野宮の手にある袋からポッキーを一本抜きながら言った。

「むしろ信じられると思うか? いや、ここまで来といて今更疑うのもなんだけどよ……」

 明乃は不思議に思っていた。なんせ、明乃の周りには怪盗や探偵に関与する人間しかいない。むしろ、それ以外の人間で構成された人間関係を知らないからだ。

 何を疑われているんだろうかと首を傾げながら、明乃もポッキーを一本引き抜く。

「か、怪盗って普段何してるんだ?」

「えっと……絵を盗んだり……なんかよくわかんないもの盗んだり……あ!怪盗同士で闘ったり!」

「そん……まあ、そうだよな、怪盗だもんな、え? 怪盗同士で闘ったりするのか?」

「探偵と共闘することもありますぞ!!」

 木野宮がポッキーを五本咥えたまま言う。まるで漫画の中の話だが、彼女たちが嘘をついているとも思えない。ごっこ遊びの話をしていると言われても納得ができるレベルではあるが。

「探偵は普段何をしてるんだ?」

「猫のやーちゃんを探したり、あと猫のおこげを探したり、たまに大事件の解決のため、現場に行くこともありますぞ!マリアが割れたり、なんとかの短剣がなくなったり!」

「それはたまたま居合わせただけなんじゃ……」

 明乃が眉を下げながら笑う。

「そ、それじゃあ何でも屋は!?」

「俺か?」

 木野宮に差し出されたポッキーを一本引き抜いて、深海はそれを口に入れた。

「色々だ。情報屋のようなことをしたり、護衛をすることもある。大抵は前者だけどな」

「ね、猫の情報とか?」

「? いや、商売敵の顧客データとか……」

「待て待て待てそれ以上はいい!!聞いたら戻れそうにないから怖い!!」

 佐々木は必死でストップをかける。この話が全て本当なら、自分はとんでもない空間にいることになる。

 いや、そもそも本当なら、どうして探偵と怪盗が一緒にいるのだという疑問も出てくるが……

「ま、疑われても信じてもらっても、やることは変わらないし」

「いや……信じるよ。頼み事をしてるってのに、疑う方が失礼だ」

 木野宮はずい!と佐々木の前にポッキーの袋を出した。ため息を吐きながら、それでも笑って佐々木は一本引き抜く。

「ありがとうな。なんか、元気出たよ。笑ったのなんていつぶりかもわからない。お菓子を食べたのもな」

「まあ世の中にそんな上手い儲け話なんてないってことだ。勉強代にしては高すぎるが」

「その通りだな、でも金が必要だったんだ。……母ちゃんが病気でな。俺の元々の稼ぎじゃ、入院代やらなんやら引くと結局大した生活はできなかった。それでどんどん追い詰められて……」

「つまんないの」

 彰が話を遮る。

「今から大金が手に入るんだから、先のこと考えたら。お母さんの入院代どころか、結構贅沢もできると思うけど? おじさんは何が欲しいの」

「それは……」

 佐々木は黙り込んだ。

 欲しいものなんて死ぬほどある。ずっと我慢していたから、とにかく美味しいものが食べたいだとか、旅行に行きたいとか、趣味だった釣りを再開したいとか。売り払ってしまった家具を買い直して、あたたかい布団でもう一度眠りたいとか、たくさんのことが頭に浮かんだ。

 だが、すべて実現するとして、その先のことを思うと頭が痛くなる。佐々木はやはり、黙り込んでいた。

「とりあえず、今のうちに作戦練るか」

 続く無言の中、深海がそれを遮った。浅野に連絡を取り、すでに別荘の間取りなどもスマホに送られてきている。

「アンタが掴まされた偽物の宝石……どうやら本物は今から向かう別荘にあるらしい。だが家主がいない間も警備員が配属されている」

「そんなの作戦練るまでもないよ。ね、怪盗さん」

「……う、うん。大丈夫だと思う、……多分?」

「問題は盗った後だな。何もしなきゃ大事になって、最悪オッサンも目をつけられるぞ」

「じゃあ、私が予告状出そっか」

「今からじゃ間に合わないんじゃないか?」

「じゃじゃーん」

 彰が肩からかけていたポーチから、封筒と色付きのペンを出す。そういえば前回も手書きで可愛く絵なんて描いてたな……と明乃は思い出した。

「ま、本当ならもっと前から出した方がいいんだろうけど、私そういうのしーらない」

「わー!匂いつきペンだー!!いいないいなー!!」

「え、これ匂いするの? わ、本当だあ!シャボン玉の匂いがする!」

 早速彰は便箋に予告状らしいことをつらつらと書いていく。

「まあ、後のことは俺が上手くやる。とりあえず二人は件の宝石を探してきてくれ。これなんだが」

 深海は明乃にスマホを見せた。しっかり目に焼き付けようと思うが、正直明乃には宝石の違いはわからない。

「次の駅で降りるぞ」

「ま、待ってくれ」

 深海が立ち上がると、佐々木は絞り出すような声を出した。

 今更、もしかしたら失敗するかもしれないなんて恐怖や不安はなかった。あの時、この子供たちの気まぐれが起きていなければ、自分は今頃警察にいただろうから。

「本当に、頼っていいのか? 普通に考えて危ないだろう? それに、元はと言えば奴が悪いって言ったって、宝石を盗むのをやるべきは俺なんじゃ……」

「別に」

 彰も深海に続いて立ち上がる。彼女はいつのまにかセーラー服に着替えていた。つい先程まで、普通の服を着ていたはずだ。佐々木は目をぱちくりとさせてから、何度も瞬きをする。

「ただの気まぐれだもん。そこの小さな探偵さんが面白そうなこと思いついたから、気まぐれに乗っただけ」

「小さくても夢はでっかいですぞ!」

「私からしたらただお友達と遊ぶだけだから、気にしないでいーよ」

 言ってから、彰は明乃の手を取った。不思議に思いながら明乃は釣られるように立ち上がる。

「まあ任しといてよ、おじさんが思ってるより私たちすごいから」

「? ちょっ……」

 明乃が何か言うより速く、彰が手を振る。するとまた小さな爆発音と共に、一瞬明乃の体が煙に包まれた。

「わっ!わっ、何……なん……ええええええ!!??」

「おおーー!!!」

 すぐに薄れていく煙の中、明乃は違和感に思わず視線を下に向ける。

 違和感があるはずだ。明乃はいつのまにか、彰と同じセーラー服を身につけていた。

「なん、な、うわああああん!!!」

「早着替えだーーー!!!」

「おい、人がいないからって公共の場で着替えるな。はしたないぞ」

「いいじゃん、見えなかったでしょ? 京佑のえっち」

 明乃がスカートを押さえ込んで真っ赤になる。なんだか下が涼しくなったと思うわけだ。

「何で恥ずかしがってるの? もっと恥ずかしい衣装着てたじゃん」

「あれは!!夜でぇ!!人もいなくてぇ!!お仕事モードだから大丈夫なの!!ここ!!外!!普段こんなの着ないもん!!」

「似合ってるよ?」

「えっ、え、えへへへ、えへ、そうかなあ」

「うむ、とても似合ってますな」

「えへへへへ、えへへ、そうかなあ!」

 佐々木は呆然としていた。一体これから何が始まるのか、彼一人だけが想像できていない。

「じゃあ、行くか」

 だが行かなければならないだろう。これは彼女たちの気まぐれだ。だが、たしかに佐々木の人生を左右するだけの、大きな出来事になるだろうから。