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猫猫事件帖 とある学生たちの放課後編 その弐


「えっと、お知り合いなんですか?」
「従兄だ」
「まさかの親戚!?」
「本当の話だよ」
「世間は狭いですなあ!!」
 はっはっはと大きく口を開けて笑いながら、木野宮は驚いている様子もなかった。
 明乃は驚きを隠せずにいるが、特に疑うわけでもなく二人の顔を何度も見比べた。
「ああでも、京佑と仕事で関わったりはしてないから大丈夫だよ」
「ちゃんと報酬が払われるなら仕事は受けるけどな」
「そのくらい自分でできもーん」
 前を歩く木野宮を追う形で、三人は並んで歩いていた。何故か間に挟まれている明乃は多少混乱していたがこの状況にも慣れてきたらしい。
「あ、見て見て!」
 徐々に落ち着きを取り戻してきたところで、木野宮がまた指をさす。その先には、まだ真新しく綺麗な店が建っていた。
 ショーケースにはネックレスや指輪が並んでおり、どうやら高いジュエリーも安いアクセサリーも売っているようだった。
「すごいきれい!!ほら、これとか前に彰ちゃんの予告状の……」
「シーーッッ!おっきい声で言ったら怪盗だってバレちゃうよう!!」
 さらに大きな声で明乃がかぶせるも、今日はツッコミ不在である。深海と彰は後ろからそれを眺めているだけだ。
「入ってみてもいい!?」
「い、いいけど、いいのかなあ、なんか大人っぽくて緊張しちゃうけど……」
「見るだけならタダですから!!」
「それはそうだけどお!」
「いいんじゃない? 女の子だもん、ね、京佑」
「好きにしたらいいんじゃないか」
 適当な深海の返事にうなずいて、彰が一番最初に店に入った。続いて木野宮と明乃、更に続いて深海が入る。
 まだできて日が浅いのか、店内は綺麗な状態だ。先ほどのアンティークショップの雰囲気とは一変して、高級感のあるショーケースが並んでいる。
 そして奥のカウンターには、困惑した若い女性が一人。彼女の顔は青ざめているように見える。
 そして、最初に店に入った彰の目の前には―――……
「おい!!さっさとしねえから人が来ちまっただろうが!とっととシャッター閉めろ!!」
「は、はい!」
 目だし帽に、古びたパーカー。手には小さな包丁。まるで漫画の中でしか見たことがない、絵に描いたような強盗が立っていた。
 それに全員が気付くより速く、店員であろう女性が何かを操作して、一同の後ろにあった扉は閉まり、シャッターまで降りてきた。
「探偵さんといると暇しなくていいね」
「きのみちゃん、後ろに下がってないと危ないよう」
「馬鹿、子供が前に出るな」
 驚くほど冷静で、顔色一つ変えない子供たち。その中で唯一、相変わらず状況がわかっているのかいないのか、木野宮きのみ、彼女だけは―――……
「事件ですかな!!?」
 楽しそうな顔で、我先にと強盗の前に躍り出るのであった。

 

 

 猫猫事件帖 とある学生たちの放課後編

 

 

「じっとしてろ!ちょうどいい、お前は俺の近くにいろ!」
「お?」
 目だし帽の男が木野宮の腕を掴み、引き寄せる。
 だが引き寄せきるより先に、明乃の身体は動いていた。
「あ!?」
 男は痛みに声を上げる。明乃は木野宮の腕を掴んだ手を思い切り殴りつけ、ついでと言わんばかりに男の腹へ足をねじ込んだ。
「うわあああ!!」
「きゃあああああ!!」
 叫んでいるのは、痛い思いをした男と店員の女だけである。
 深海はそれを見届けてポケットからスマートフォンを取り出し、迷わずに110を押した。
「て、てめえ」
 既に瀕死状態の男は、なんとか立ち上がったものの真っすぐ歩くことすら叶っていない。木野宮は後ろでいっちゃえー!とヤジを飛ばしている。
「女の子にそんなもの向けちゃだめでしょ?」
「何?」
 男がふらふらと歩み寄ってくるが、目の前に彰が立ちはだかる。彼女がね?と男の肩を叩くと、小さな爆発音と共に男が白い煙に覆われた。
「うわああああ!!!」
「警察来るまで大人しくしててね、あんまり暴れるとほら、あの子怖いから」
 煙が晴れる頃、男はロープでぐるぐる巻きにされていた。何が起こったかわからず混乱を極めた男は必死に体を動かそうともがいている。
 木野宮はぱちぱちと拍手をしながら、おーと感心しているようだ。
「かっこいい!!すごい!!どうやったの!?」
「秘密」
「警察に連絡した。じきに到着する」
「はー、びっくりしたあ」
 状況が理解できていないのは、目だし帽の男と店員の女だけである。
 一同は何事もなかったかのように警察が到着するまで待とう、なんて話し合っているが、徐々に状況がつかめてきた目だし帽の男は体を縮めた。
「一瞬で終わっちゃって残念」
「馬鹿言うな、怪我がないのが一番いいだろ」
「きのみちゃん大丈夫!? 怖くなかった!?」
「平気だよ!だって明乃ちゃんも彰ちゃんもいるもん!」
 えっへん、となぜか威張る木野宮にほっと胸を撫で下ろして、明乃が男を見下ろす。
 男は、泣いていた。顔を見られないように床に向けているが、しかし静かに泣いていた。彼の泣き声が小さく店内に響く。
「う、うう、う……」
「何泣いてるの? お買い物の邪魔されて泣きたいのはこっちなんだけどなー」
 彰の笑顔は冷たい。だが、明乃の気持ちも同じだった。
「いや、いいんだ、失敗して捕まるなら、それでいいんだ……」
 男は独り言のように繰り返した。一同は顔を見合わせる。
「俺には最初から無理だったんだ……どうせこうなる運命だったんだよ……これでいいんだ、人を傷つけるより、これで……」
「おじさん、どうしたの?」
 彼の目の前に立ったのは、木野宮だった。しゃがみこんで顔を覗くと、男はようやく顔を上げる。
「わたしでよければ聞きますぞ!!何か悩み事ですかな?」
「き、きのちゃん!あんまり近付くと危ないよう!」
「大丈夫じゃない? 結構きつく縛っといたから、聞くくらいなら」
「嬢ちゃんたち……」
 涙をぬぐうこともできず、男は泣き続けた。そしてようやく落ち着いたころに、遠くからパトカーの音が聞こえてくる。
「金が、必要だったんだ……」
「お金は大事ですな!」
「騙されたんだよお!!この店を経営してる男に騙されて、金をとられたんだ!!」
 必死に訴えるような声が響いた。木野宮はうんうんと聞いている。
「宝石を買わされたんだよ!一年後に、爆発的に価値が上がるって言われて、言いくるめられて買わされたけど偽物だったんだ!!」
「わあ、さっきの京佑みたい」
「人間そういう時もある」
「借金だけが残ったんだ……だがその後、俺を騙した男に手を回されて会社もクビになったし、契約書があるから警察も取り合ってくれやしねえ……」
「ふむふむ」
「毎日借金取りが家に来る、ついに飯を買う金もなくなった、だからこうするしかなかったんだよお……」
「なるほど!!」
 木野宮が勢いよく立ち上がる。バッと振り返ったかと思えば、彼女は一同を見て楽しそうに声を上げた。
「事件のにおいがしますな!!」
「おい、あんまり面倒なことに首を突っ込もうとするな」
「あはは、いいんじゃない? 楽しそうだもん」
「え? え? どういうこと?」
 男は泣き止んだが、それでもぐしゃぐしゃな笑顔で彼女たちを見る。
「いいんだ、子供傷つけてまで生きるくらいなら、捕まって刑務所で生活した方がずっと幸せだ……」
 だが、誰も聞いていない。深海と彰は、すでに気付いていた。木野宮が何を言いたいのか。木野宮が何をしたいのか。
 パトカーのサイレンが近くなる。ついに店の前に到着したらしい。外から警察官がスピーカーを通して何か話しているのが聞こえる。
「おじさん、騙されたんだよね?」
「ああ、そうだが……」
「もうご飯も食べれないくらいお金がないんだよね?」
「あ、ああ……」
「……はあ」
 深海が溜息を吐く。深い深い溜息だった。楽しそうに笑う彰を見て、どうやら腹をくくったらしい。
「その男の名前はわかるか? 連絡先でも何でもいい、わかることは全部言え」
「な、なんで……」
「調べる」
 そしてようやく明乃が状況を掴んだ。木野宮が何を言いたいのか。木野宮が何をしたいのか。
「え、え、この人を助けてあげようって話!?」
 驚きに声を上げるが、彰はにこにこと微笑んでいるし、深海は早速スマートフォンで何かを調べているし、木野宮はなぜかどや顔をしている。
「だって、この人可哀想だし!!」
「それはそうだけどお!」
「悪い人がいるなら、それを捕まえるのが探偵の仕事ですから!!」
「そ、そうかもしれないけどお!」
「おじさんのお金を取り戻せ大作戦!!えいえいおーー!!」
「絶対大人に頼った方がいいよお!」
 攻防を繰り広げている間に、彰が男の目だし帽をすぽんと引き抜く。涙でぐちゃぐちゃになった男の顔が露わになるが、誰も気には留めない。
「まずは呼んじゃった警察かわさないとね」
「せ、せめて宵一さんに連絡を」
「あれ」
 彰は明乃を見ていない。だが、挑発的な声色だった。その目がどんな色をしているのか、安易に想像できる。
「やっぱり一人じゃなんにもできないんだあ」
「そ、そんなこと……」
「まーそうだよね、さっきから東雲宵一の話ばっかりだもん」
「そんなことないもん!!」
 木野宮の前だからだろうか。そんなことない、と自分に言い聞かせたかったのだろうか。明乃は悔しさでいっぱいになりながら、しかし決意に満ち溢れてもいた。
「で、できるよ!私だって……宵一さんがいなくてもできるもん!」
「へえ、じゃあやってみて」
 やはり挑発的で挑戦的。乗せられているとわかっていても、受けるしかない。
 東雲宵一のためでもあり、自分のためでもある。いや、最早悔しいのか悲しいのかもわからない。だけど明乃の目は燃えていた。
「いいよ、でもちゃんとできたら、もうそうやってからかうのやめて」
「わかった、約束する」
 言いながら彰は目を逸らした。店の外から、投降しなさいと繰り返す男の声が聞こえる。
「ってことで、おじさん、私たちあなたを助けることになったから」
「え? あ、え?」
「いいよね!?」
 ずいっと木野宮が顔を近づける。好奇心に満ちた笑顔は、ただただ面白いことを求めている人間の顔だ。
「お、おう、でも、どうやって……」
「任せて!!わたし、木野宮きのみ!名探偵にかかればこのくらい、お茶の子さいさいですぞ!!」
「あ、えっと、明乃です。えっと……えへへ、きのみちゃんの友達で、一応怪盗です!」
「右に同じ」
「深海だ。何でも屋をしている」
「え、ええ……? えっと……佐々木です……」
「佐々木さん!!よろしくね!!」
 彰が扉の前に立つ。警察はいつ入ってきてもおかしくない。だが、中の様子がわからない以上下手に手は出せないだろう。
 打つ手なんていくらでもある。彰もまた、好奇心と面白いことを求める人間の顔をしていた。それは木野宮よりも屈折しているが、しかし同じように単純で純粋な願いのようなものだ。
「じゃ、手始めに彼らをどうにかしよっか」
 

続く!