猫猫置き場

猫猫事件帖の新章をとりあえずアップするためのページ

猫猫事件帳 新章 その四


 自分より非力な人間なんて腐るほど見てきた。なんなら大抵の人間はそうだから、明乃にとって自分より他人が弱いことは当たり前のことだ。
 どうやら普通の人間は、大男を吹っ飛ばすほどの力はないらしいし、天井から綺麗に着地することもできないらしい。その事実はいつのまにか体に刷り込まれていて、人に対する恐怖が薄れた反面で、人に対する優しさも生まれた。
 明乃にとって、自分より他人が弱いことは当たり前のことだ。
 必要とあれば”他人”を退けるために力を振るうこともある。それは必要なことだから嫌だとも思わない。
 だけどまあ、明乃にとって、やはり明確に他人は弱い生き物だ。だからたまに、いたたまれなくなる。圧倒的な力の差にねじ伏せられる人間に対して、可哀想だと思うことも。
「ごめんなさああい!本当にごめんなさああい!」
「いててててて、痛い痛い痛い、もうちょっと優しく縛り上げてくれねえかなあ!!」
「本当にごめんなさあああい!宵一さんに言われて仕方なく!仕方なくなんですうう!」
「オイコラ全部俺に押し付けるんじゃねえよ!!嫌々やらせてるみたいだろうが!!」
「ええええん!宵一さんやっぱり可哀想だよう!吊るし上げるのはさすがに可哀想だよう!」
「いいから吊るせ!!俺の神聖なパソコンに手出しやがったんだ容赦すんじゃねえ!!」
「でもおおお!でもおお!!」
「…………」
「京佑!? おい京佑!? ダメだこいつ意識失ってる!!」
 特に、自分が”いい人”だと判定した人間に対して明乃はすこぶる甘い。特にお菓子やお茶を出してくれるような人に、悪い人はいないと思っている節がある。
 東雲は喚きながらも片手で大男を吊るし上げる明乃を見てため息を吐いた。それでもまだ、東雲の言うことを優先してくれるだけ良しとするしかない。

 


 猫猫事件帳 新章

 

「確かこんな感じだったかな!!なかなかの力作ですぞこれは!!」
 ババーーン!と自慢げに木野宮が出した紙には、まるで人とは思えない乱雑な絵(?)が描かれている。
 こちらが人を描いてくれと言った以上、多分これは人の絵だ。そう、多分。
「えーーっと……」
 さすがの水守も言葉に詰まっているようだった。紙に描かれた二人の男(?)は、どこをどう分解したら人間と見れるのか、一種のパズルのようになっている。
「な、なるほどね。こういう奴らが来たのね、ありがとう木野宮さん」
「……水守さん、無理しなくていいですよ」
 えっへん、と腰に手を当て満足そうにしている木野宮から、水守が紙を受け取る。
 つい先日、明乃と映画に出かけたはずの木野宮はかなり遅い時間に帰ってきた。予想通り明乃と一緒に帰ってきたため安心したのもつかの間、明乃が申し訳なさそうに玄関の前でもじもじしているものだからとりあえず茶の間に通した。
 出されたお茶とお茶菓子を嬉しそうにほおばりながら、しかし明乃はやはりどこか申し訳なさそうに口を開く。
「実は、帰り道に襲撃にあって」
 そんなことがほいほいあってたまるものか、と思わなくもない。だが宮山は明乃の人知を超えた身体能力と、木野宮に対する気持ちを知っている。決して悪い子ではないのだろうということも。
 だから、最初に思い描いたのは「相手が無事かどうか」だった。さすがにほいほい人を殺すような子ではないと思うが、相手もさぞ大変だっただろう。何かの間違いでそいつらが死んでいたとしたら、この子たちは―――と、そこまで考えて宮山は口を開いた。
「怪我はない?」
 優しい声色に、明乃はようやく顔を上げた。なんだかとても嬉しそうだ。あまりそういった心配をされないのだろうか。
「はい!えっと、私もきのみちゃんも、怪我はないです」
「そっか、ならよかった。木野宮を送ってくれてありがとうね」
「いえ!……でも巻き込まれてしまったのは事実なので、怖い思いをさせたかも……」
「うちの木野宮が、そんな人間に見える?」
 思わず笑いながら言うと、明乃もまたふふっと笑って首を振る。
「ううん、見えない。きのみちゃん、いつも私に優しくしてくれるもん」
「うん、俺もそう思うよ。だからまあ、木野宮のことは大丈夫だと思うけど。続きを聞いても?」
「あ、はい、えっと……」
 明乃とまだ話ができると喜んでいた木野宮は、明乃と半分こしたお菓子を食べきっていつの間にかソファで眠っていた。
 その間に明乃から、今日あったことを詳細に聞かされる。
 二人組の男、名前、なんでも屋
 大した情報はなかったが、ひとまずあの封筒の正体はただの勘違いの産物であり、木野宮が今後狙われることもないだろうということに安心感を覚える。そして、それとは別に。
「一つ、聞いてもいいかな」
「え、はい!なんでも!」
「その、なんでも屋とか、情報屋とか、そういうのって君たちの世界じゃ結構当たり前だったりする?」
 好奇心。なんだかこういうのにも慣れてきたもんだと思っていたのだが、どうやら宮山の中にはまだ好奇心がしっかりと埋まっているらしい。
 会ってみたい、と思った。まるで中学生のようだと自分を自制しようとしても、こんなことを目の前にして聞かずにいられるだろうかとも思う。
「うーん……どうなんでしょう、宵一さんはたまに別のお仕事の人と連絡とったりしてるみたいだけど、私は詳しくなくて、ごめんなさい」
「いや、今のはただの好奇心だから気にしないで。それより明乃ちゃんももう帰らないと、結構遅いから東雲君が心配するんじゃない?」
「え?あ、ほんとだ、もうこんな時間!遅い時間なのにごめんなさい!あと、お菓子ごちそうさまでした!おいしかったです!」
「よかったらまた遊びに来てね」
「はい!!ありがとうございます!」
 丁寧にお辞儀する明乃は、今まで見た中で一番嬉しそうにしていた。それもそうだ、普段明乃と会う場所と言えば、こんな風に笑っていていい場所ではない。
 いい子なんだろうな。
 宮山はそんなことを思いながら明乃を見送った。すぐにソファで眠っている木野宮を抱きかかえながら頭の中で情報を整理する。
 結局、木野宮にあの封筒が渡ったのは向こうの間違いだったらしい。まだ本当にそう言い切れるかはわからない。だが、どちらにせよ問題は中身の方だ。あの書類は、他の誰かに渡るはずだったらしい。そしてそれは、明乃と東雲の仕事に関することだ。
 これを楽観視していいのか、宮山にはわからなかった。とりあえず、水守と壱川に連絡をとろう。名前と何をしているのかわかったのなら、そこから調べがつくかもしれない。
 宮山は腕に垂れた木野宮のよだれを拭うこともなく、彼女をベッドに放り投げた。すやすやと幸せそうな表情で眠る木野宮は相変わらずで、まるで襲撃された人間とは思えない。
「……ま、平和が一番だよなあ」
 宮山は呟いて、床に膝をつき、ベッドで眠る木野宮を見る。
 彼女には怪我も、怖い思いもしてほしくない。なのに、彼女といると本来の好奇心が大きく刺激される。
 そしてそれを安全圏から見守っているだけではだめなのだ。知った時点で足を踏み込んでいるのと同じ。それには危険が必ず伴う。
 宮山は考えながらも、今日聞いたことに思いをはせていた。どうしてこんなにも、現実は面白いことがたくさん起こるのだろうか、と。


 そして現在に戻る。水守と壱川は概要を聞いて、どんな感じの人だったの?と木野宮に聞いた。 
 それで出てきたのが件の絵だ。水守と壱川はまだ不思議そうに絵を眺めている。ここが目じゃない?ここが口じゃない?とパズルの答え合わせをしながら。
「まあ、名前はわかってるし。いくらでも調べようはありそうだね」
「いいの? 前に言ってたじゃない、本名はわかっても調べないのが暗黙の了解だとかなんとか」
「それは怪盗の話でしょ? こいつらは怪盗じゃないし、いいんじゃないかな」
「なんか丸くなったわよね、アンタ」
 とりあえず貰っとくわね、と言って絵(?)の書かれた紙を水守は鞄にしまった。
「アタシも知り合いとかに聞いてみるわ。まだ、本当に木野宮さんを狙ったわけじゃなかったのかわからないし」
「そうだね。一旦去ったのは、明乃ちゃんがいたからかもしれない」
「すごかったんだよお!!ドゴーーン!ってなって、バーーン!!ってなって、明乃ちゃんがデッカい男の人を吹っ飛ばして、それからビュンビュンビュンビュンーー!!」
「危機感なくてすいません、ほんと」
 水守は笑いながら肩をすくめた。どうやら木野宮のこの感じにも慣れてきたらしい。
「とにかく、怪我とかなくて良かった。追って調べていきましょ。本当に勘違いだったのならそれでいいし」
「東雲君の情報が流れてたっていうのも気にかかるしな。どっちかっていうと危ないのは彼らかもしれない」
「ほっとけばいいじゃない別に。ヘンテコメカニックチビと、めちゃくちゃ強い超人コンビよ? ちょっとやそっとじゃどーにもできないわよ」
「それはそうだけど……」
「アタシはそこ、首突っ込まないからね。ま、またなんかわかったら共有するから!それじゃ」
 水守はそそくさと壱川を残して席を立った。
 壱川がひらひらと手を振りながら笑っている。
「俺の方でもいろいろ探ってはみるよ。本名だとは思えないが、大きな手がかりはあるし」
「お願いします。やっぱり俺らだけでは、どうしようもない部分もあるので……」
「いいのいいの、泥臭いところは任せておいてよ」
 宮山が小さく頭を下げる。
「それにしてもきのちゃん、よく名前覚えてたね」
「む?」
「名前とかいつも忘れちゃうだろ」
「むむ、わたしだってやる時はやりますぞ!!でもねー」
 ケーキを頬張りながら木野宮がむぐむぐと喋る。いつも壱川の金だというのに、少しは遠慮を覚えないものか。
「名刺もらったからね!!綺麗な名前だなーーって思ったらおぼえてた!」
「……名刺?」
「うん、名刺!」
「電話番号とかメールアドレスとか書いてるやつ?」
「うん!書いてた!!」
「それを早く言いなさい」
 頭にチョップを叩き込む。同時に潰されたリボンがぴくぴく動いた。
「で、どこにあるの? その名刺。それがあれば別に調べなくても連絡つくんだろ」
「えっとねーー確かあの名刺は」
 木野宮は思い出す。あの日の夜のこと。名刺を受け取って、それからどうしたのだったか。
「そうだ!明乃ちゃんがね!ポッケに入れて持って帰ってた!!」

 


 * * *

 

 

「明乃ォ!!!」
「ハヒッ」
 怒号に近い声が、マンションの一室に響き渡る。今日は明乃の家事お休みデーだから、明乃はのんびりとテレビでアニメを眺めていた。
 脱衣所の方からズンズンと怒りの炎を燃やして近寄ってくる東雲が視界に入り、思わず涙ぐむ。
「ど、どうしたの宵一さん!」
「お前、またティッシュ入れっぱなしで洗濯機に入れたな!? 見ろ!お前の服も俺の服も、紙だらけじゃねえか!!」
「あう、ちゃんと出したもん私じゃないもんんんんん」
「お前しかいねえだろ!!」
「そんなことないもんんんんん!!!」
 詰め寄りながら持ってきた明乃の服には、たしかに細かく白い紙切れがたくさん付着していた。
 東雲は出かける際にティッシュは持たない。それと、明乃は今までも何度か前科がある。目に見えて明乃の犯行に思えたが、しかし明乃はきちんとティッシュを出してから洗濯機に入れた覚えがあった。
「ほんとだもんちゃんと出したもんんん!たしかに昨日は疲れてたけど、でもティッシュはちゃんと出したもん!!ちゃんとそこにあるもん!!」
「じゃあなんだってんだよこの白いのは!他に何があんだよ!!」
「だからそれは私じゃ……」
 ハッとして口を閉じる。
 そういえば昨日、普段ならないはずの紙がもう一枚ポケットに入っていたはずだ。
「あ、あ、あの……」
「なんだ? やっぱりお前だったのか?」
「ティ、ティッシュではない、です……でも」
「?」
 汗をたらたらと流しながら、明乃は気まずそうに東雲を見上げた。
「名刺、かも、それ……えへへ」

 

 

 * * *

 

 

 冒頭の少し前に戻る。
 見事名刺を粉々にしたことで東雲の怒りは最高潮になった。忘れてたんだもんごめんなさい疲れてたんだもんと泣き喚く明乃をよそに、買ってきていたロールケーキはふたつとも東雲の胃袋に収まった。
 どうやら自分たちの情報を売った馬鹿がいるのは本当らしく、せっかく連絡先を知り得たのにそれがなかったことになったのだ。
 だが東雲は諦めなかった。自らのパソコンにある足跡を解析し、辿り、いったいどこのどいつがそんなことをしたのか知るまで止まるつもりは毛頭なかった。
 寝ずに何時間もパソコンと向き合い、晴れてその大バカどもがどこからこのパソコンにアクセスしていたのか解析できたのである。
 東雲は速攻乗り込んだ。東雲たちが住むマンションからは少し離れた都市にあるマンションで、それこそ明乃と二人で暮らしている部屋と引けを取らないくらいの大きな部屋だった。
 難しいことは何も考えず、ひたすらにインターホンを持てる限りの力全てを使って連打する。
 インターホンに出た男は陽気な声で挨拶してきたが、どうやら客か何かと勘違いしているらしい。すぐに部屋に通され、東雲たちと深海たちは邂逅することになった。
「らっしゃい!!まあとりあえず座ってくれよ!ってあれ? この前の嬢ちゃんじゃねえか!!元気にしてたか!!」
 浅野が歯を見せて笑いながら、明乃の肩を叩く。明乃は今からすることを想像して、えっとお、そのお、と気まずそうにしていた。
「そんな固くなるなよ!拳を交えた中だろ!? そしたらもうダチみてえなもんだ!!もうすぐ京佑が来るから、それまで菓子でも食っててな。和菓子と洋菓子どっちがいいよ?」
「!!!洋菓子でお願いします!!」
 ロールケーキを食べ損ねていた明乃の顔がパァッと明るくなる。浅野は大きな声で応!!と返事をして、キッチンからショートケーキを二切れ持ってきた。
「これはなかなかの自信作なんだぜ!!イチゴもいいやつ使ったし、とにかく食べやすくそれでいて甘酸っぱく……」
「え? え? これ、お兄さんが作ったの!? すごいすごい、すっごくおいしい!お店のやつみたい!おうちでこんなクリーム作れるんだ!」
「へっへっへ、それはなあ、オレ流のクリームのコツがあって……」
「無駄話ばかりしなくていい」
 話の途中で、奥の扉から深海が入ってきた。深海はソファに座っている明乃と、その横にいる東雲を一瞥して目を細める。
「アンタは……」
「よう、クソ野郎。お前に聞きてぇことがあったから来た」
「まあ、そうなるよな。来ると思って名刺を渡したから問題ない」
「名刺は消えちまったよ、馬鹿が洗濯機で回しちまったせいでな」
「あう……」
「? じゃあどうやって」
 ここがわかったのか、と。聞こうとして止まる。それ以外に思いつく方法はいくつかあるが、一番最悪のパターンが頭をよぎったのだ。
 東雲は全力の悪どい顔で笑った。
「そうだ、俺のパソコン覗いただろ。そっからここを割り出した。ついでに、お前のパソコンにもお邪魔させてもらったぜ」
「……そこまでするか、普通」
「これでおあいこだろ? 安心しろ、大事なとこまでは見てねえよ」
 東雲が出されたショートケーキの皿を、明乃の目の前に動かす。ロールケーキのことを多少は悪かったと思っているようだ。
「で、こっからは相談だ。相談だぜ? 命令でもないし強制でもない、優しいだろ」
「早く言え」
「俺たちの情報を欲しがってた奴を教えろ。それと、今後そういう奴が現れても二度と、絶対に情報を流すな」
 東雲の鋭い眼光が深海を射抜いた。本気で、怒っている目だ。
「できないってんならお前のパソコンの中身、全部インターネットにぶちまける」
 それは深海にとって、一番困ることだ。なんせあのパソコンには、今まで依頼で集めた情報も、なんなら顧客の情報まで入っている。それがネットに流れたとあれば、今後一切、深海が日の目を見ることはなくなるだろう。
 待っているのは破滅。だが、目の前の男にたった一人の顧客の情報を流すことも相当なリスクだ。回り回って結局同じ道を辿ることになるかもしれない。
 この商売は信頼で成り立つ。それをよく知っている。だからこそ素直にはいともいいえとも言えない。
 舐めていた。
 素直にそう思った。
「一応、俺からも"相談"してもいいか?」
「するだけならタダだからな」
「顧客の情報は教えられない。信頼に関わるからだ。だが、アンタたちの情報を流さないことは了承しよう」
「それで?」
 正直、そんな話が通る相手ではないと気付いていた。それほどまでに東雲は強いカードを持っていた。だからこれは本当に"相談"だ。
「アンタら、怪盗なんだろう。今後それを手伝う。俺たちはなんでも屋だ、下調べも売り捌くのも請け負うことができる」
「話になんねえ、明乃」
「ふぁい?」
「こいつらどっちも縛って吊るせ」
「大洋」
「えええええ!!!この前の見てなかったん!? 思いっきり吹っ飛ばされてたんだよオレェ!!!勝てるわけなくない!?? 流石に無理じゃない!?」
「うるさい泣くな、何のためにここにいるんだお前は」
「そうだよ宵一さあん!勝てないってもう言ってるし許してあげようよお!絶対勝っちゃうし、こんなにおいしいケーキまでもらったし、手伝ってくれるって言ってるし、ケーキもまた食べれるかもよ!?」
「バッカ野郎お前!!このままじゃプライドに傷がついたままなんだよ許せるか!!さくっと吊るして反省させんだよ!!」
「ううう、オレここで死ぬのかなあ!!」
「大洋!」
「明乃!!」
「ううう……ううう……!!」

 そして、その五秒後が冒頭である。
「ごめんなさああい!本当にごめんなさああい!」
「いててててて、痛い痛い痛い、もうちょっと優しく縛り上げてくれねえかなあ!!」
「本当にごめんなさあああい!宵一さんに言われて仕方なく!仕方なくなんですうう!」
「オイコラ全部俺に押し付けるんじゃねえよ!!嫌々やらせてるみたいだろうが!!」
「ええええん!宵一さんやっぱり可哀想だよう!吊るし上げるのはさすがに可哀想だよう!」
「いいから吊るせ!!俺の神聖なパソコンに手出しやがったんだ容赦すんじゃねえ!!」
「でもおおお!でもおお!!」
「…………」
「京佑!? おい京佑!? ダメだこいつ意識失ってる!!」
 阿鼻叫喚。
 当たり前に明乃に勝てるわけもなく、深海と浅野は天井から逆さまにぶら下がっていた。
「ケーキ本当においしかったです……ありがとうございました……」
「やめろ今から死ぬみたいだろお!?」
「さあ吐け、早くしねえと腹が減ってこのまま帰っちまうかもしれねえぞ俺は」
「悪魔だよお!悪魔がいるよお!!おい京佑もう喋っちまえよ!!オレなんにもしらねえんだからお前だけが頼りなんだぞ!?」
「……知らない」
「おい、そのまま思いっきり揺すってやれ」
「えええええん!!宵一さんの外道!!」
 言いながら明乃はぶら下がった深海を揺らしに揺らした。なんならノリノリなようにも見えるが、そうでないと思いたい。
「待っ、本当に知らない!黙ってるとかじゃねえんだよ!」
「怪しい、おいもっとやれ」
「宵一さん本当はいい人なんです!本当は優しい人なんです!!」
「待て吐く!揺らすならそっちの馬鹿にしろ!!話を聞け!!」
 深海の言葉に東雲が明乃を制止する。
「……依頼主の情報は知らない。メールも捨てアドレスだったし、指定された場所に持ってこいと言われた。だが受け取った人間が違ったから本人のことは見ていない」
「なんだそれ使えねえ」
 嘘を吐いていないと判断したのか、東雲が頭を搔きむしりながらソファにドカッと座った。
「いいか、俺たちも馬鹿じゃねえ。間違ったところにそういう情報が流れたら、人生終わりなんだよ、お前もこんな仕事やってんならわかるだろ」
「……」
「甘ったれたガキがこんなことに首突っ込むんじゃねえ、お前が思っている以上に厄介な人間が多い業界なんだよ」
 苛立っているのか頭を掻き続ける東雲を、明乃が心配そうに見る。
「宵一さあん、降ろしてあげないと死んじゃうよ、この人たち弱いもん……」
「そうそうオレたちか弱いんだよお、降ろしてくれよお」
「……あのなあ」
 東雲は、大きな溜息を吐く。半ば諦めたような表情だった。
「おい、深海とか言ったなお前」
「そうだ」
「俺たちの情報を欲しがってた奴を探すの、手伝え。それでチャラにしてやる。十分痛い目見ただろ」
「……いいのか?」
「仕方ねえだろ、お前らしかそいつへの手掛かりがねえんだから。おい、降ろしてやれ」
「!!はーーい!」
「たすか、助かった……今日が人生最後の日かと思ったぜ」
 明乃がナイフを取り出して、雑にロープを切り落とす。二人とも勢いよく床にぶつかり、轟音が部屋に響き渡った。
「俺は東雲宵一。こっちは明乃だ」
「明乃です!」
「わかってるだろうが、逃げようとしたり今の約束を破ろうとしたら……」
 深海と浅野は固唾を飲む。東雲の顔には、怒りにしか見えない笑顔が張り付いていた。
「また痛い目にあわせるからな、明乃が」
「私があ!?」