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猫猫事件帳 新章 その弐


「で、なんでお前らがここにいんだよ」
 東雲 宵一は不機嫌だった。
 もとより盗む予定だった絵画にはさして興味はなかった。今日は新しく作ったいくつかの試作機のテストをメインとした日だったからだ。
 だが、それも妨害されたとなれば話は変わってくる。それも、予告状も何も出していないというのにだ。
 どこから情報が漏れた?明乃か?いや、明乃は東雲が不利になるようなことを喋らない。……はずだ。
 ならば、どこから?どうやって?考えても答えは出てこない。家の中に何か仕掛けられたか、あるいは……
「それより、前からアンタに聞きたかったんだけど」
「それよりとはなんだそれよりとは」
 水守が東雲の前に立つ。やはり探偵などと仲良くするものではない。
「アレってアンタの趣味なの?」
 アレが何をさしているのかは、彼女の視線からすぐにわかった。
 彼女の視線の先には、照れくさそうに、しかしどこか嬉しそうにしている明乃がいる。
「別にいいだろうがどうでも!普通の怪盗衣装だけだともったいないだろうが!」
「いや、怪盗衣装ってのも私にはコスプレにしか見えないんだけど……」
「綾ちゃん、それ以上はいけない」
 壱川の静止に納得いかない表情で、水守は口をつぐんだ。彼女には怪盗が衣装を着て人前に出ること自体、合理的ではないと思うのだろう。
「でも、俺もバニーガールとかはどうかと思うよ、さすがに」
「うるせえなあ!なんなんだよお前らさっさと大事なとこだけ話せよ!!」
 そんな中でも明乃は、なぜか照れくさそうに笑っている。東雲はここが仕事場であることも忘れて、目いっぱいの大声を張り上げた。

 

 猫猫事件帳 新章

 

「それで、そこのチビが封筒を受け取って、そこに書かれていたから来たと」
「まあおおむねそんな感じだ」
「お前ら相変わらず馬鹿だろ!罠だったらとかなんとか考えねえのかよ!」
 デジャヴだなあ、と思いながら壱川は珈琲を口に含んだ。
 深夜のファミレスは人気がなく、東雲の声がやたらと響く。私服に着替えた明乃と木野宮は、すでにうとうとしていてほとんど寝ているような状態だった。
「その可能性も考えたけどね、何かわからないから一応行ってみようかって」
「好奇心旺盛すぎるだろ!俺たちだからよかったが、本当に罠だったらどうするつもりだったんだよ」
 フライドポテトを三本ずつ食べながら、東雲は頬杖をついた。東雲にとってまだ問題は解決していない。
 目の前にいる人間たちが嘘を吐くとは思えなかった。立場的に敵対しているとはいえ、東雲に言わせれば相当な馬鹿で、馬鹿正直だ。東雲を陥れるために嘘をついたりはしないだろう。 とすれば、いったい誰がなんのためにそんなことをしたのか。そして何より、どうやってその情報を入手したのかが問題だった。
「……とにかく、その封筒の男とやらを探さないことには始まらねえな」
「木野宮曰く、若い男だったということしか……服装とかもいまいち覚えてないみたいで」
「ケッ、使えねえ探偵だな」
「いやあ本当その通りで」
「でもそれじゃあ探しようがないわよね、向こうがまた現れてくれるならまだしも、情報と手掛かりが少なすぎる」
「目的もわからないままだしな。俺たちがあそこで出会ったのが偶然なのか、もしくはそれを狙っていたのか……」
「知り合いだとは知らずに、ぶつからせるつもりだった……とか」
「もしくは、本当にただの人違いで木野宮に渡したか」
 考え込んでも答えは出ない。偶然か、必然か、それは封筒を渡した男にしかわからないことだろう。
 だが油断もできない。木野宮を狙った事件もあったくらいだ。また怪盗団の仕業と言い切れないところが危ないところだ。
「常盤 社や、黒堂 彰が関わっていないとも言い切れないしね」
「それこそ意味がないんじゃない? 彼らは俺たちが仲間だって知ってるんだし」
「誰が仲間だコラ」
「それもそうですよね、ぶつかるも何も、結局こうやってファミレスに来てるわけだし、予想くらいできるでしょう」
「たまたま腹が減ってたんだよ腹いっぱいだったらお前ら全員ギッタンギッタンにしてたからな」
「なんにせよ、情報を集めよう。封筒を渡してるところを目撃した人がいるかもしれないし」
「それもそうね、できることからやりましょ」
「おい無視すんな今ここで暴れてやってもいいんだからな」
 もう遅い時間だし、と壱川が伝票を取りながら立ち上がる。水守もそれに続いて行った。
「木野宮が限界なんで、俺たちもこの辺で」
「おう、気つけて帰れよ。ほら明乃起きろ、俺らも行くぞ」
「うー……きのみちゃんまたねえ」
「うん-……またあそぼうねえ」
「ったくこいつらは」
 木野宮がとろとろと歩きながら宮山についていく。
 明乃は相変わらずうとうとと船をこぎながら、たまに目を開いては東雲の方を見て、また目を閉じる。
「……マジでどこのどいつだよ」
 小さく呟くと同時に、明乃の頭が肩にのしかかった。
 そこまでの情報が割れていたのであれば、なんなら狙われているのは東雲たちじゃないのか。
 思うと腹が立ってくる。明乃がいるから多少のことは問題ないだろうが、これが頻発するなら仕事にも問題が出るだろう。
「誰にバラされようとやりきってやる……が」
 自分たちのことを嗅ぎまわられるのは心底腹が立つ。家に帰ったら、まずは盗聴器やカメラがないか探し回ろう。
 そしてその男を見つけ次第、絶対に締め上げる。
 と、心に誓って東雲はまたポテトを口に放り込んだ。


 * * *


 木野宮 きのみに特に門限は存在しない。宮山と二人で住んでいるような形だから、割と自由な生活を送っている。
 だが、できるだけ暗くなる前に帰るようにと口酸っぱく言われてはいるのだ。木野宮も素直にそれを守るようにはしている。だが、この日は特別だった。出かける時にはいつも暗くなる前に帰ってくるように、と告げる宮山も、大して何も言わなかったのには理由がある。
「おもしろかったねー!あとあと、ポップコーンもすごくおいしかったね!」
「やはりポップコーンはキャラメルに限りますな!」
「なーんかおうちでするのと違うんだよね、あれがいつでもおうちで食べれたらいいのになあ」
 明乃は繋いだ手をぶんぶんと振る木野宮を見ながら、いつも以上にニコニコしていた。
 今日は木野宮と映画を観る約束をしていたのだ。プンプンの大冒険は幼児向けアニメながらその感動ストーリーが大人にも受けていて、明乃も唯一観るテレビ番組だった。
 しかしそんな映画を東雲が観たがるわけもなく、木野宮と二人で観に行こうという話になったのである。
「遅くなっちゃってごめんねえ、宮山さん心配しないかな」
「今日はねえ、何時に帰ってきなさいとか言われなかったよ!明乃ちゃんが一緒だからね!」
「えへへ、信頼してもらってるなら嬉しいな」
 照れくさそうに笑いながら、明乃たちは夜道を歩いた。このまま木野宮の家まで送るつもりである。
 東雲も心配性ではあるものの、夜中に出歩くことなどに関してはあまり何も言わない。知らない人についていくなとか、ものを貰うなとかそういうことは言われるが、基本的に事件に巻き込まれたところで明乃に勝てる人間など地上にいても一人か二人くらいであるとよく知っているからだ。
「私ねえ」
 それに、木野宮と出かけることに対しても、文句は言うものの止めたりはしない。
 それは明乃が望んでいることだからなのか、それとも別の何かがあるのかは明乃の知る由ではない。
「こうやってお友達と遊びに行ったこと、あんまりないんだ。だからいつもきのみちゃんが遊んでくれて嬉しい」
「わたしもすっごく嬉しいよ!そうだ、今度学校の友達も連れてくるよ!」
「ええ、いいのかなあ、嬉しいけど、でも私……」
「いいの!明乃ちゃんのこと自慢したいもん!」
 屈託のない笑顔に思わずつられて、締まりのない顔になる。
「そっか、えへへ、私もきのみちゃんのこといっぱい自慢したいなあ」
「夏休みになったら、みんなでバーベキューとか行こうよ!海とか!」
「バーベキュー!やってみたい!あのね宵一さんはねお肉ばっかり食べちゃうから、いっつも私がお野菜を……」
 ピタリ。明乃の足が止まる。それに引っ張られる形で木野宮が転びそうになるが、なんとか立て直した。
「明乃ちゃん?」
 言葉の続きは、いつまで経っても出てこなかった。明乃の方に振り返ると、明乃の顔からは笑顔が消え去っている。
 だが、その顔を知っている。だからそこまで驚かなかった。彼女は木野宮の言葉に返事をせず、目の前をじっと観察しているように見える。
「忘れ物?トイレ?」
 明乃の方に寄る。明乃はやはり、暗い道の先を睨み付けている。街灯の向こう側、何も見えない黒一色の景色。確かにそこに何かがあると確信するような目つき。
「……きのみちゃん、もうちょっと後ろにいれる?」
「うん!わかった!三歩うしろね!」
 ポケットに手を伸ばす。そこにはいつも使っているナイフがたたんだ状態で入っている。
「……」
 明乃は無言のままだった。しかし木野宮はそれに言及せず、言われたことを守って明乃の後ろにいる。
「……本当にアレかあ?」
 街灯の奥から足音が聞こえる。徐々に街灯に照らされるその男は、その少し後ろを歩く男にそう言った。
「間違いない。俺が封筒を渡した女だ」
「って言ってもマジのガキだぞ、中学生か? これ犯罪じゃない? 大丈夫?」
「今更何言ってる。別に殺せとも殴れとも言ってない」
「そうだけどよお」
「”取り立てろ”、一番効率的な方法で」
 男が二人。
 チンピラ風の背が高いスキンヘッドの男が一人。それと、一見大人しそうにも見える若い男が一人。
「……誰?」
 明乃の声は冷たかった。木野宮はその後ろから、わくわくした目で顔を覗かせている。
「お友達か? お兄ちゃんたちね、その後ろの子にちょっと用があって……っつってもマジで人違いじゃねえ? どう見てもそういう雰囲気じゃねえじゃん」
「お前、そうやって舐めてかかるからいつも痛い目にあうんだろう」
「いやでもよお京佑、見て見ろよちゃんと!こんな可愛い子が俺たちみたいな―――」
 風が切れる音がした。
 それは明乃なりの警告だ。これ以上近付いたら殺す、という威圧と殺意。それを感じるには十分だっただろう。
「おいおい……子供が物騒なもん持つなって!!まあまずは話聞いてくれよ」
 スキンヘッドの大男が、明乃のナイフがかすった鼻を気にする様子もなく近付いてくる。
 どう見ても、こういうことに慣れているのだろう。だが明乃は少しの焦りも感じていなかった。
 木野宮の前で、人を殺したり、血をたくさん流したりなんて絶対にしたくない。その上で男二人を退ける必要がある。
 だが、そんなことは簡単だ―――と、思えている。少なくとも、この男たち以上に厄介でどうしようもない人間と対峙した明乃にとっては恐れることではない。
「マジで悪いんだけど、ほんっとごめんなんだけど、俺たちそこの女の子に聞きたいことがあって―――」
 最後まで聞き切らずに、明乃が地面を蹴った。
 目の前の大男の足を蹴り飛ばし、倒れたところを制圧するつもりだった。
「なあマジで話聞いてくれねえんだけど!!」
 男が叫びながら後ろにステップする。明乃の一撃は空を切った。そのまま軽々と態勢を立て直し、今度は握り拳を男の顔に入れようとする。
 これくらいすれば、ビビって逃げていくだろう。明乃には直観があった。自分の常人ではありえない力に驚かない人間の方が珍しい。
 だが――――……
「だから話聞けって」
 男はそう言って、自身の拳を前に出した。明乃の拳と、男の拳がぶつかる。一回り以上大きな拳だ。
「お?」
 一瞬、時間が止まったのかと錯覚した。この男はそれほどまでの力で明乃の拳に拳をぶつけてきたのだ。
 だが、それも本当に一瞬の話だ。
「おああああああ!!!?」
 明乃の拳に込められた力に耐えられず、男は後ろに吹っ飛んでいった。
 もう一人の男は冷静にそれを眺めている。動揺しているわけでもなさそうだ。
「さすが明乃ちゃん!強くてかっこよくてかわいくて最強!よっ!日本一!」
 木野宮が楽しそうにガッツポーズをする。
「大洋、ふざけてないでちゃんとやれ」
「いやふざけてねえよ!今マジで吹っ飛ばされたんだよ!!この子やばいよ!? どこにそんな力が詰め込まれてんの!?」
「言っただろ、舐めてかかるからいつも痛い目にあう」
「いやでもお!!!」
 明乃は冷静だった。彼は常盤社とは違う。常盤のような身軽さも厄介さもない。
 だが、一瞬でも明乃のパンチを止められるほどの力があるのだ。先ほどのが本気ではない可能性だってある。
 だからと言って負けるわけがないのだが―――……
「まあまず、まずな、挨拶からしよう、な、な、挨拶は大事だろ!!」
「こんばんは」
 せわしなく言い訳をする男は立ち上がりながら、明乃の方を見た。
 どうやら、自分が思っていたような可愛い人間ではないとようやく気付いたらしい。
 木野宮は後ろで囃し立てる。もう一人の男は、尚も冷静に状況を見守っている。
 明乃はナイフを握り直す。
「てか、サヨナラ」