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猫猫事件帳 新章 その壱

 木野宮きのみはご機嫌だった。
 ずさんな管理しかしていない財布の中身を昼休みに覗いたら、なんと三百円も入っていたからだ。
 授業中に三百円で買えるものをひとしきり思い浮かべて、放課後になるまでに決めねばという使命に従っていたら、ノートの中身はお菓子の名前でいっぱいになった。
「アイス〜アイス〜」
 結果、帰り道に買うものはアイスで決定した。棒付きのアイスなら歩きながら食べやすいし、何より一番安いものを選べば二つも食べれる。
「アイス〜!アイス!なぜ冷たいの〜」
 自作の歌を歌いながら、コンビニから出てきた木野宮は早速買ったばかりのアイスを取り出した。
 二つ買ったから、早めに一つ目を食べなければ溶けてしまうだろう。うきうきとアイスの袋を開けながら、歌詞の続きを考える。
「それはね〜……それは……」
「アンタか?」
 ちょうど、袋を破り切ったところだった。
 声をかけられて顔を上げると、すらっとした男が真横に立っていて、確実に木野宮を見ている。
「チェックの帽子に白いシャツ……間違いないようだけど、まさかこんな子供とは」
 見覚えのない男だった。宮山よりは若く見える。ぽかんとしながら男の顔を見ていた木野宮は、ハッとして口を開く。
「不審者!?」
「失礼だな。まあいい、受け取れ。約束のものだ」
「むむ? あ、どうもどうも」
 男は胸元から取り出した封筒を木野宮の前に出す。ただより怖いものはない、と宮山によく言われているものの、木野宮からすればただより嬉しいものはない。
「お眼鏡にかなうといいけど」
「メガネはしてないよ!」
「それもそうだ。長居するつもりはないから、これで失礼させてもらう、詳しいことは中に書いてある」
「ありがとう!」
「どういたしまして」
 そう言って男は足早に去って行った。渡された茶封筒を見る。何かプレゼント企画にでも当たったのだろうかと考えながら。
「あ」
 ぽたり、と茶封筒に水滴が落ちた。
 中身は旅行券か、食事券か、もしくはアイスの引換券か。
「溶けてる……」
 あるいは何か、探偵たちにとって良くないものなのか。

 


猫猫事件帖 新章 

 


「たっだいまー!」
 大きな声と共に扉を開けると、近くに見知った顔が座っている。宮山 紅葉、今となっては自他共に認める木野宮の助手である。
「また無駄遣いしたでしょ」
「無駄じゃないよ!おいしかったもん!」
「帰り道の買い食い禁止。こけたら危ないでしょ」
「そんな!それでは学校に行く意味がありませぬ!なにとぞご容赦を!!なにとぞー!!」
「学校は勉強しに行くところでしょ……」
 呆れるように言いながら、宮山は席を立った。どうやら帰りに買い食いしてきたらしいことは、手に持っているビニール袋を見ればわかる。
 ならば今日宮山が用意したおやつは隠しておくべきだろう。思って宮山は、足早にキッチンに向かおうとした。
「いやー!今日もめいっぱい勉強したからね!ちょっと賢くなったからね!これで立派な探偵にまた少し近づいたしね!」
「……その割にこの前のテストの点数、随分悪かったみたいだけど」
「それより今日のおやつは!? 探偵は頭を使うから、甘いものをたくさん食べるといい!」
「今日はなし。買い食いしたんでしょ」
「そんなーー!!?」
 おーいおいおいとわざとらしく泣き崩れて、木野宮がソファにずるずると這っていく。
 その様子を呆れて見ていると、木野宮がテーブルに一通の茶封筒を置いたのが目に入った。
「きのちゃん、それは?」
「これー? なんかねえ、コンビニで知らない人に声かけられて、あげるって言われた!からもらった!」
「知らない人に物もらっちゃダメでしょ」
「でも、お兄さん約束のものとか言ってたよ!何かのプレゼント企画に当たったのかも!」
「そんなわけ……ほら貸して、もし人違いだったら返さないといけないし、ていうか知らない人に貰ったものなんて危ないからーーーー」
「そういえばねー!コンビニ出た時に、お揃いのチェックの帽子被ってる人がいたの!やはりわたしは流行の最先端……これからもっと流行りますぞ!」
「リボンが自立して動く帽子は世界でそれくらいしかないと思うけど」
「それも込みで流行りますぞ!」
 茶封筒を開けてみる。中身は数枚の書類のようだ。
 やはり間違えて受け取ったか、いや、もしかしたら新手の予告状か何かかもしれない。つい先日起こった事件や届いた予告状を思い出しながら、ごくりと唾を飲んだ。
 そう簡単に年に何度も予告状なんて受け取りたくもないような、しかし期待してしまっているような。
「なに!? 何が当たってた!?」
「いや、何も当たってないよ。普通の書類みたいだけど、いったい何の……」
 一枚目は支払いの請求に関する書類のようだった。やたらと高い金額と、支払い方法などが細かく記載されている。
 めくって二枚目を見ると、どうやら日付や時刻、場所やどこかのマップが載せられているようだった。
「これは……」
「パーティーの招待状!?」
「いや、ていうかまるで……」
 犯行計画書。
 嫌な予感がしてもう一枚紙をめくる。三枚目には絵画の写真と、その詳細について書かれている。
 宮山は考えた。なぜこんなものが木野宮の手に渡ったのか。わざとか、偶然か、てんで想像がつかない。
 わかるのは、これがあまりよくないものであるだろうということと、自分たちで解決しない方がいいであろうということだけだ。

* * *

「それで、持ってきてくれたわけか」
「まあ、勝手に首を突っ込んでもどうなるかわかりませんから」
 茶封筒を渡された髭面の男、壱川 遵は早速中から紙を取り出した。
 その横に座る女、水守 綾が顔を近づけて覗き込んでいる。
「確かに、犯行計画書のように見えるわね」
「そうだな、日付や時間まで書かれてるし、この計画に関わってる協力者と間違えて木野宮さんに渡してしまったのかも」
「いや……木野宮ですよ? 制服も着てたし、例え初対面同士だったとしても間違えるとは思えない」
「まあ、それもそうね」
 話を聞いていないであろう木野宮は、頼んだケーキがいつ来るのかと席から通路を覗いている。
「新手の予告状かしら」
「俺もそう思ったよ、間違えたわけじゃないなら、わざと渡したことになる」
「あるいは罠かもね。どちらにせよ、二人だけで行くのは危険なんじゃない」
「やっぱりそうですよね」
 そう言った宮山の顔は、以前よりも晴れ晴れとしていた。
 今までなら、危険を察して顔を曇らせていただろう。実際に命に関わるかもしれない事件もあった。すべては実力ではなく、運が良かっただけだ。
 木野宮を支えると誓ったものの、木野宮はまだ女子高生だ。大人として守らなければいけない部分も多いが、その力が自分に備わっていないことも自覚している。
 だが、ある程度の覚悟も決まっていた。木野宮が行きたいというのなら、必ずついて行くという覚悟が。
「ま、確かに木野宮さんと誰かを人違いして渡したとは考えづらいな。となると、罠っていうのが一番濃厚なわけだけど……」
 壱川が木野宮を見る。彼女は未だに通路を覗き込んで、わくわくしていた。
「行かないつもりもないんだろ?」
「……まあ」
 見透かされているようで、壱川の言葉にどきりとする。だが、それも見透かされる前提ではあった。 
 この人たちがついてきてくれるなら、そんなに心強いことはない。
 何より、どうやら書類に載せられていた地図は個人宅のようだった。この計画書を持って行って話したところで、信じてもらえないか入れてもらえないだろう。
「わかった、じゃあ俺たちも行くよ。ね、綾ちゃん」
「そうね、手伝ってって言うなら別に手伝うわよ」
 すました顔で紅茶を飲みながら、水守はさらりと同意した。
 この人たちはこういう人たちだ。わかっていたから宮山も安心して連絡がとれた。
「とりあえず、この家の主に連絡をとってみて、本当にこの絵画を持っているのか聞いてみようか」
「そんな急に連絡して、それこそ怪しまれない?」
「ほら、そんな時のための警察手帳だから」
「それもそうね」
 突っ込めばいいのか、いや突っ込んでいいのかわからない。
 宮山は誤魔化すように珈琲を飲んで、隣でまったく話を聞いていない木野宮の頭に軽く手刀を入れた。


* * *


 計画書に書かれていた時刻は午前一時。その少し前に、一同は侵入経路と書かれていた裏口に繋がる扉の前に集合していた。
 木野宮は既に眠そうに目をこすっている。宮山はそれを見下ろしながら、相変わらずだなと呆れる他なかった。
「大体、犯行予告だとしたらセンスないわね。このくらい知られても平気ですってこと? なんかムカついてきた」
「まあまあ、侵入経路まで書いてあるくらいだ、相当自信があるんじゃない?」
「……侵入経路まで書くなんて、やっぱり罠の可能性が大きいですよね」
「アイス……」
「アイスは昨日食べたでしょ」
 以前、あんな事件に巻き込まれたのだ。木野宮を狙っているという可能性だって十分考えた方がいい。
 しかも罠や予告状なのだとすれば、今回は顔見知り全員でなく木野宮だけに送り届けられたのだ。
「ま、無事に入れてもらえてよかったわね。別に疑われてる様子もなかったし」
「国家権力様様ですよ」
「いやあ、それほどでも」
「かに……」
「でかいかには先週水族館で見たでしょ」
「さ、もうすぐ時間だ」
 壱川が時計を見て、落ち着いた声でそう言った。
「一応罠張ってるのよね?」
「ああ、絵画の近くを通ればセンサーが教えてくれる仕組みになっている。勿論、天井も含めてね」
「天井から侵入なんて、どっかの馬鹿怪盗しかやらないわよ」
「だといいけど」
 このセンサーというものが案外優秀でね、と壱川が話す。
 どうやら、宿敵の怪盗(?)である東雲 宵一からもらったらしい。詳しい事情は話していないものの、借りを返す分だと言ってすんなり作ってくれたんだとか。
「……おかしいな」
 宮山も自分の時計を見て呟く。犯行時刻と書かれていた一時を過ぎている。だが、人影どころか気配までしない。
 やはり何かの罠か、それともただのいたずらか。
 思った瞬間に壱川のスマートフォンがけたたましい音で鳴り始めた。
「おっと、どうやらここで待ち伏せしてるのがバレてたみたいだ」
「それ、センサーに誰かが引っかかったってこと?」
「そうみたいだね、急ごうか」
 言って走り出した水守と壱川に続こうとするも、半分寝ている木野宮を放っておくわけにもいかず、宮山は止まらざるを得ない。
「ほらきのちゃん、俺たちも行こう」
「む、うんー……、打倒かいとう……おー」
 とろとろと歩く木野宮に焦れる気持ちを抑えつつ、とにかく彼女の安全を確保しなければと頭を回転させる。
 ここから絵画が飾ってある廊下までそう遠くはない。それに、壱川と水守がいれば向こうは安心だろう。
 一度落ち着こうと思ったとたんに、廊下の先から驚愕の声が轟く。
「壱川さん!?」
「むむ!? 事件ですかな!?」
 目が覚めたのか、木野宮の目がカッと見開き、とたんにものすごい瞬発力で駆け出した。
「馬鹿、木野宮!」
 声をかけたのも虚しく彼女は止まらない。仕方なく宮山も駆け出して彼女の後を追う。
 すると、木野宮が曲がり角で唐突に止まった。宮山もそれに合わせてなんとか体を制止する。
「壱川さん!大丈夫で……」
「あーーー!!!」
 宮山の心配の声は、木野宮にかき消された。彼女は絵画の前にある影を指さして、目を輝かせている。
 どこから入ったのか、その人物はまるで元からそこにいたかのようなたたずまいで立っていた。
 手元にはナイフ。だが、その物騒さとは裏腹に、そこにいる人物の格好はあまりにも可愛らしく、あまりにも浮いていた。
赤ずきん……?」
 真っ赤なケープとフードは、この場に似つかわしくない可愛らしいフリルまでついている。その異様さの中から放たれる殺気に気圧されそうになるが、それもすぐに消えた。
 宮山は―――……いや、そこにいる人間全員が、その影の正体を知っていたからである。
「明乃ちゃーーーん!!!」
「……」
「明乃ちゃん!わたしだよう!名探偵の木野宮だよ!!」
「……きのみちゃん!?」
 絵画の目の前に立つ人物、明乃は驚いたように目を丸くしてナイフを掲げていた手を降ろす。
「きのみちゃんだ!わーーい!」
「明乃ちゃーーん!!久しぶり!!今日は赤ずきんちゃんなんだね!!」
「えへへ、そうなの!見て見て、このフリルとか、うさぎさんの刺しゅうとか、この刺しゅう宵一さんがしてくれたんだよう」
「グヘヘヘ食べちゃうぞーー!!」
「キャーー!えへへへへ」
 えへへではない。
 ぽかんとしながらも思わず突っ込んでしまう。つまりなんだ、あの犯行計画書は……
「いてて、驚かせて悪かったね、明乃ちゃん」
 壱川が鼻を抑えながらようやく口を開く。どうやら明乃だと気付かずにとらえようとして、ナイフで返り討ちにあったらしい。
「きのみちゃん、どうしてここに?」
「あなたこそどうしてここに? まさかあのチビも一緒にいるんじゃ」
「誰がチビだ、誰が」
 上から声が降ってくる。全員が見上げると、どうやら天井に潜んでいたらしい東雲がひょっこり顔を出した。
「裏口から入ろうとしたら裏口に変に人が集まってっから、おかしいと思ったんだよ、おい明乃」
「はーい宵一さん!」
 合図と共に東雲が天井から落下してくる。明乃はいともたやすくそれを受け止め、東雲を廊下にさっと立たせた。
「そもそもなんで俺らがここに来るってことを知って……ってオイ!これ俺が作ったナンデモカンチ君だろお前!!ずるいことすんじゃねえ!!」
「いやいや、俺たちはここに来るのが君だって知らなかったんだよ」
「ふざけんな小ずるいことしやがって!!」
「君を捕まえるためにセンサーを借りたわけじゃないよ、これだけは誓って言える」
「はあ? じゃあ一体なんでこんなところに探偵共がそろいもそろっているんだよ!!」

「それは……」
 全員の視線が木野宮に集まる。
 それに気付いた木野宮が慌てて周りを見渡すが。
「……ぬぬ?」
 彼女はまだ、この話の渦中にいることにどうやら気付いていない。