とある少年たちの憧憬編 参
「んっふっふ〜。今日のばんごはんはなんだろな〜♪」
木野宮きのみはご機嫌だった。いや、ご機嫌じゃない日なんてそうそうない。
今日も今日とて授業は聞いていなかったし、居眠りしていたら怒られたし、放課後の予定なんてなんにもなくても。
それでも木野宮はご機嫌だった。晩ご飯のことを考えるだけで、胸が躍って仕方がない。
そういえば今日は助手の宮山紅葉が、もう一度大学に行くと言っていた。木野宮も行きたくて仕方がなかったが、学校があるからダメだと突っぱねられて散々駄々をこねた。
しかし宮山に文句を言いながら結局学校に行ったら、楽しいことも嬉しいこともたくさんあったからよしとしよう。
そんなことを考えていると、視界に見知った黒髪が映る。後ろ姿だけでも不思議な空気を纏わせている少女は、まだこちらに気付いていない。
木野宮は驚かせてやろうといたずらに笑って、彼女の後ろから勢いよくワッ!と大声を挙げてみた。
「ん?……あれ、探偵さんだ。びっくりしたー」
「彰ちゃんこんにちは!!」
びっくりした、なんて言いながら顔色ひとつ変えずに、セーラー服の少女・黒堂彰は端正な顔で微笑みかけた。
いつもなら背に白いマントがあるはずなのだが、今日は見当たらない。周りをぐるぐると回ってよく観察してみるが、鞄の中に入っているわけでもなさそうだ。
「彰ちゃんも学校の帰り?」
「まあねー。たまには行っとかないと……まあ、うるさいのがいるから」
はーあ、とわざとらしい溜息と共に目が細まる。木野宮には誰のことを言ってるかわからなかったが、彰の頭の中には確かに真っ白な風貌の男が思い浮かんでいた。
「もう一人の探偵さんは一緒じゃないの?」
「うん!みややまくんはお仕事中ですぞ!」
「へえ、また何か面白いこと?」
「えっへん!大学に潜む悪の組織と戦っているのです!」
「……大学に潜む悪の組織?」
少し想像してみるが、いまいち言っていることがわからない。しかし、大学生が悪の組織を名乗っているのかと思うとなんとなく面白くて、彰はくすくすと笑った。
「わたしもこの前行ったよ!大学!高校よりずーーーっと広いの!」
「へえ、そういえば行ったことないかも」
「学食が安いのに美味しくって、あとね部活とかがいっぱいあって、あとあと、みーーんな私服だった!」
ふーん、と彰が興味なさそうに返事とも言えない返しをする。
木野宮はなんとなくそれが気になって、覗き込むように彰に顔を近付けた。
「彰ちゃんは大学行かないの?」
「考えてないかな。だって別にやりたいことないし」
「そっかー……でもでも、大学生になったらできることがいっぱい増えるってみややまくんが言ってたよ?」
「そんなの、たいてい大人になったらできることでしょ?」
「そうなの?」
首を傾げる木野宮を見て、彰がそうだよ、と素っ気なく言う。
「……貴女は行くの?」
「うーん、うーん……早く探偵になりたい……けど……」
聞いたところによると、宮山は高校を卒業してすぐに探偵業を始めたらしい。その後木野宮と出会うまでは随分暇をしていたと言っていた。
それならわたしもそうしたい。
木野宮はずっとそう思っていたのだ。誰よりもいち早く、名探偵になりたい。それが彼女の何よりの願いだった。
だが大学に行ったとき、「楽しそうだ」と思ったのも事実だ。
怪盗サークルがあるなら、探偵サークルを立ち上げたっていい。学食だって毎日食べられる。そんな中で新しい出会いがあって、たくさん遊んで、ああきっと楽しいに違いない。
「楽しそうだから、行ってみたいかも!」
「……ま、好きにしたらいいんじゃない」
「彰ちゃんも一緒に行こうよ!だってだって、今は違う学校だけどおんなじ学校に通えるんだよ!?」
「……そんなの、一緒に受験してどっちかが落ちたらどうするつもり?」
木野宮は唸った。テストの点数が悪いのはいつものことだし、彰の心配が自分に向いていることもわかる。
正直に言うと、大学にどうやって入るのかもさっぱりだ。だが、勉強しなければいけないことくらいはわかる。そしてその勉強が、自分の苦手なことであることも。
「それは……勉強をですな……」
「やりたくないんじゃん」
「むむむむむ……」
唸り続ける木野宮を見て、彰がほらね、と涼しい顔で笑った。
こんな約束は無意味だ。木野宮が途中でやっぱり行きたくないという可能性も、違う大学を受けたいと言う可能性もある。
それに、言った通りどちらかだけが落ちる可能性も高い。もしもその可能性があるとしたら、彰より木野宮の方がかなり高確率だということも。
「……そこは……一緒に行けるなら……頑張りますぞ……!」
「…………」
珍しく眉間に皺を寄せて、木野宮が言った。
こんな約束は無意味だ。
彰は繰り返しそう思うのに、どうしてだか口元が緩んで仕方ない。
「彰ちゃんとおんなじ学校に行けたら、楽しいだろうし……」
「そうだね、それはちょっと楽しいかも」
「でしょでしょ!?」
「ま、期待はできないけどね〜」
少しだけ、思い描いてしまった。
学校なんて行く意味がない、つまらない場所だと思っていたのに。どうしてか想像の中で自分は楽しそうに笑っている。
木野宮が帰りにクレープを食べようと騒いでいるのを横目に、これが毎日続くなら悪くないと、そんな風に思ってしまう。
だが、教えてやる義理もない。
彰はぐいぐいと手を引く木野宮を見ながら、そんなことを考えた。
猫猫事件帖 とある少年たちの憧憬編 参
宮山紅葉は晩ご飯の支度をしてから、「買い忘れたものがあるからスーパーに行く」と小さな嘘をついた。
それすらも一緒に行くと言って聞かなさそうだったので、「いい子にしてたらアイスを買ってくる」という約束を取り付けて今に至る。
こんな小さな嘘ですら罪悪感が生まれたが、「今から怪盗サークルの犯行現場を取り押さえる」なんて言おうものなら木野宮はぶら下がってでもついて来ただろう。
色々考えた結果だったが、やはり宮山は彼女を極力この件から避けることにした。
壱川が忠告してくれたのもあるが、派手に喧嘩するような人物のそばに木野宮を連れて行きたくない。そう思って決断したことだった。
実際の行き先は、街外れに建つとあるビルだ。
到着する頃には、すでに日は暮れて辺りは真っ暗になっていた。先に着いていた水守と壱川に軽く会釈して、ビルから少し離れた場所まで小走りで駆け寄る。
「水守さんも来てくれたんですね」
「まあね。力になれるかわかんないけど、中途半端に放っておくのも気になるし」
彼女は緊張した様子もなく、目の前に建つビルを見上げた。
――ここに三人が集まったのには理由がある。それは二日前、大学に聞き込み調査に行った時のことだ。
「お願いします!助けてください!」
サークルの部室に突如現れた男は、いきなり頭を下げてそう言った。
なんだなんだと廊下に野次馬が集まって来そうだったので急ぎ彼を部屋の中に入れ、ソファに座らせる。
落ち着かせようとしたのか、部員である男は備え付けのケトルを使ってコーヒーを淹れてくれた。
「あの、探偵の水守綾さんですよね」
「ええ、そうだけど」
少しずつ落ち着いて来た後、男が最初に口にしたのは彼女の名前だった。
しかし妙である。この部室は、廊下の一番端に位置していた。つまり、通りがかった際にたまたま聞こえてきた、なんてわけはないのだ。
おそらく、緑髪の男――中島樹と話しているところを見て、つけて来たのだろう。
「怪盗サークルのことで、来たんですよね……」
男の顔は、青ざめていた。体付きは健康そのものだし、誰から見ても普通の大学生だろう。
だが彼の発する空気感は、河上のものとまったく同じであった。
それから全員が見守る中、男はゆっくりと語り始めた。
サークルに誘われて軽い気持ちで入ったが、窃盗行為をやらされていたこと。やめたいと訴えれば写真や暴行をネタに脅され、何度も繰り返してしまったこと。
同級生が逮捕されたと聞いて怖くなったが、誰にも相談できずにいたこと。
そして何より、こんなことは終わりにしたいのだ、と。
「……そう、話してくれてありがとう」
「どんな罰でも、受けたいんです。きっと続けるより、楽になれるから……」
そう言った彼の顔は、まさに世界の終わりという表現に相応しかっただろう。
それもそうだ、明るみに出れば今後の人生が大きく動く。色んな者に迷惑がかかるかもしれない、将来が潰れるかもしれない。そう思えば、ここで相談したのだって苦渋の決断だったはずだ。
「そうね、自分がしたことの罰は受けなさい。……でもそれだけよ、それ以上のことがあるなら絶対に守ってあげる」
「綾ちゃん」
壱川が制止しようとした。しかし水守はそれを振り払って、堂々と立ち上がる。
「あら、アンタも手伝ってくれるんでしょ?」
「…………」
言われると思った、と顔に書いてあった。しかし壱川は何も言わず、困ったように笑うだけだ。
一連の流れを見ていた深海は、自分のオフィスチェアーに座ったまま頬杖をついた。
「助けてくれと言うからにはそれなりの情報をくれるんだろうな」
「は、はい。実は今日、次の集合がかかったんです。場所も日時も、今日の朝決まったばっかりで……」
そして一同の輪に入れず、しかしテンションを上げ続けている男が一人。
サークル部員である男は、メラメラと瞳に炎を宿していた。
まるでアニメのような展開だと、今にも叫んでしまいそうになるほど勝手に盛り上がって。
「……決行は、明後日です」
後日深海に、どうにかサポートメンバー枠に入れないだろうかと相談していたことは、その場にいる誰も知らないままである。
***
水守がいつになく真剣な表情に見えるのは、そんなことがあったせいだろうか。
宮山は改めて彼女の横顔を見た。いつも通りにも見えるが、どこか決意のようなものを感じる。彼女のことだから、「守る」と言ったからには約束を果たすつもりなのだろう。
一方で壱川からも、似たような空気が発せられている気がした。彼もまた、水守と同じく少年たちの非行をよく思っていないのだろうと伝わってくる。
宮山はというと、正直複雑な気持ちであった。
あの後、壱川に彼らがどうなるのかと聞いたことを思い出す。不起訴になる可能性はあるが、どちらにせよ大学からの処分はあるだろうという、曖昧な解答だった。
河上も、あの男も、もしかしたら退学になるかもしれない。これをきっかけに、彼らの人生の歯車は大きく狂うだろう。罪を犯したとはいえ、なんとなくやるせなくて気も落ちる。
「なんか騒がしいわね」
考えていると、水守が振り返って道路を挟んだ向こう側に視線を向けた。
宮山も同じように振り返ると、この街に住んでいれば誰もが知ってる美術館がそびえ立っている。
言われてみれば少し騒がしいかもしれない。中で何か起こっているのだろうかと、目を細めた瞬間――
「無線が入った、屋上に人影が見えたらしい」
壱川がそう言ってビルを見上げる。
男が教えてくれた集合時間よりかなり早く来たはずだが、どうやら怪盗サークルの活動はすでに始まっていたらしい。
お互いに黙って頷く。現行犯で捕まえれば、そこからだんだんと全貌が見えるかもしれない。
壱川を先頭にして、ビルの中へ入る。階段を駆け上がっている最中すでに心臓が痛かったが、宮山はなんとか登り切ってたどり着くことができた。
それにしても、なぜ屋上なのだろうか。
窃盗犯だという話なのにおかしくないか。
そんなことを途中で思いついたのだが、しかし息切れが激しくまともに喋れないまま扉は開いた。壱川と水守が屋上に足を踏み入れたのを見て、宮山もなんとか力を振り絞ってその背を追いかける。
「警察だ、動かないでくれ」
ああ、この人本当に刑事なんだな。
すでに朦朧としてきた頭でそんなことを考えながら、彼の背の向こう側を見る。
暗くてよく見えないが男らしきシルエットが一人、背を向けて立っていた。
「そのまま動かずに、手を後ろに――」
だが。
言い切るより早く、宮山が視界に男を入れた直後には、もう。
「……!!」
男の影は何も言わず、そのまま屋上のフェンスを乗り越えて飛び降りた。
「ちょっ……嘘でしょ!?」
水守が慌ててフェンスまで走る。焦った顔になった壱川も同じように駆け寄るが、宮山にはもうその力が残っていない。
ぜえ、はあ、となんとか息を吐き出しながら二人のいる場所へ向かう。何か揉めているようだが、次の瞬間水守は宮山を通り過ぎて出口へと向かって行った。
「待っ、水守さ……」
「すまない、俺も行ってくる!」
「ちょ、壱川さ、何がどうなって……」
「いないんだ!」
その言葉の意味がわからず、宮山はすれ違った二人をよそにフェンスまでたどり着いた。
恐る恐る下を覗き込む。想像が正しければ、真下には先ほどの男が倒れていることだろう。
目を半分だけ閉じて、それから顔を近付ける。そうしてようやく、宮山は彼の言葉の意味を知った。
いないのだ。
言葉の通り。本来ならそこにいるはずの男は、姿形すら見えない。
どうして、なぜ。疑問が浮かぶ。まさか見間違いでもあるまいし、と考えていると、遠くから騒がしいパトカーのサイレンが無数に聞こえて来た。
***
水守と壱川は全力で走っていた。
応援を呼んですぐに、怪しい走る影を見つけたと無線が入ったのはかなりラッキーだった。
……なのに追いつけない。
ずっと全力で走っているというのに、男の影は姿を見せては消え、繰り返しすぎて流石に息も上がって来た。
流石の水守も疲労が押し寄せて来ているのだろう、いつもより眉間に皺が寄っている。流れている汗の数が、どれだけ長い間走っていたかを示していた。
このままでは撒かれてしまう。
思って壱川は、思い切り深呼吸をした。
――落ち着け、なぜ追いつけない?
脳のリソースをすべて使って答えを導き出す。
そういえば先程から、随分同じところを通っている気がする。きっと彼は、こちらを撒くためにわざと迂回を続けて見失わせようとしているのだろう。
だったら話は簡単だ。こちらが追いつけないのなら、先にゴールにいてしまえばいい。
「綾ちゃんはそのまま追いかけて!俺はこっちに行くから!」
「ハア!?ちょっとアンタどこに……」
水守の声を聞き終わるより早く路地に入る。
彼女ならきっと、諦めずに走り続けてくれるだろう。そう信じて、先ほども通った狭い道を駆け抜ける。
予想が正しければ、水守を撒くためにもう何度かは同じルートを回るはずだ。
ようやく足を止めると、一気に疲労感が競り上がってくる。だがなんとか息を整えて待っていると、路地の奥から慌ただしい足音が聞こえて来た。
「止まれ!」
その音が目の前まで来たと同時に、手に持ったライトをかざす。
眩しさに目をくらませたのか、男は怯んで足を止めた。
「――ちくしょう……」
悔しさの滲み出た声が路地の地面を這う。
するとさらにその後ろから、ようやく追いついた水守が姿を表した。
「やっっっと……!捕まえたわよ!!」
ああ、彼女なら諦めないと信じていた。安心して壱川も男に向き直る。
「大人しく捕まってくれないか、君には聞きたいことが山ほど――」
ライトを持ったまま男に近付く。だが、その言葉も足も、停止ボタンを押されたかのように止まってしまった。
水守はその様子を訝しげな表情で見ているが、それもそうだ。
ライトが照らした先、路地のど真ん中に佇むその男は、大学生でもなければ怪盗サークルなんてものに所属しているわけもない。
なぜなら彼は――
「やーーっぱりテメェらか!!!なんかおかしいと思ったんだよ!!!」
「……東雲君?」
「はあああ!?アンタこんなとこで何してんのよ!!!」
「何してるも何もテメーらが追いかけて来たんだろうが!!さては予告状見て周りの建物監視してやがったな!?」
「ちっがうわよ馬鹿じゃないの!?アンタは今お呼びじゃないの!!」
そう、彼は本職の怪盗、そのものだったからである。
***
「で、なんで捕まえないんだよ」
「うっ、うっ、宵一さんごめんねえ!ごめんねえ…!」
「うるせえな、気にすんな。あんな状況だったら仕方ねえだろ」
「でもでも、あんなに楽しそうに計画してたのに……!」
「えーっと……」
東雲宵一は、ファミレスの端っこの席でふんぞり帰っていた。その横に座る明乃は、申し訳なさそうに眉を下げてずっと泣き続けている。
一体何が起こっているのだろうか。
宮山は意味もわからないまま、運ばれて来たフライドポテトを頬張った。
あの後しばらくして、水守から電話が入った。と、思ったら近くのファミレスに来てくれなんて言われたものだから、訳もわからず来たらこれだ。
つまるところ、屋上にいたのは東雲だったのだろう。彼なら自作のメカを使ってあの場から消えたと言われても納得できる。だが、なぜ彼がいたのかはわからない。
「アンタは結局何してたのよ」
「はあ?だから絵画盗むって予告状出しただろうが。それ見て来たんじゃねえのかよ」
「……アタシは聞いてないわよ」
「あー……」
睨まれた壱川が苦笑いする。大方、最近忙しくてトゲのある態度だった壱川まで話が回ってこなかったのだろう。
それでなくても怪盗サークルの件を任されて、こちらにかかり切りだったのだ。
「……ってことは、東雲さんは美術館の中を見るために、たまたまあのビルを選んだってことですか?」
「だからそうだっつってんだろ。で、お前らは俺を捕まえに来た訳じゃねえってんならなんなんだよ」
「っていうかそうよ、コイツ今自供までしたのよ。とっ捕まえて刑務所で聞いても良かったんじゃない?」
「んだとコラ」
「まあ、失敗してるしいいんじゃないですか」
「んだとコラ!!!!」
フォローのつもりで言ったのに、東雲が怒りに任せて勢いよく立ち上がる。
聞いた話によると、本来なら東雲の操作で動くはずだった仕掛けは動かず、明乃は困惑してあの場から逃げ去ったらしい。結局絵画は盗まれないまま、今に至る。
せっかく怪盗を止められたというのに、宮山はなんだか悪いことをしたような気持ちになって俯いた。
「ったく久しぶりに活躍できると思ったらこれだぜ!あーあー俺のワクワクを返してくれよ!!せっかく準備したのによお!!」
「なんでこいつ犯罪者のくせにふんぞり返ってんのよ」
「うるせえ!俺はなあ、今日のためにコツコツコツコツコツ夜なべして準備してたんだよ!それを偶然で止めただァ?せめて真正面から勝負して止めろってんだよ!!」
「仕方ないじゃない、アンタの運が悪かったのよ」
「ふざけんじゃねえ!!」
「まあまあ、落ち着いて」
壱川が仲裁に入って、なんとか二人ともソファに座り直してくれた。
東雲は心底不機嫌そうな表情で頬杖をつき、その隣で明乃は慌てながらなだめている。
「とりあえず、事情を説明しよう。もしかしたら何か目撃してるかもしれないし」
眉を下げたままの壱川が、そう言って一連の概要を二人に話した。
東雲はやはり終始不機嫌を隠そうともせず、しまいにはテーブルを拳で叩いて「なんだそりゃ!」なんて大声を上げる。
「サークルだあああ?ふざけたこと抜かしやがって、んなしょうもねえもんのために俺の計画が台無しになったと思うと反吐が出るぜ!」
「まあ、気持ちはわかるよ」
「……えっと、その怪盗サークルっていう人たちが来る予定だったけど、たまたま宵一さんが先にいちゃった……ってこと?」
「そうなるわね。予告状出したの、昨日なんでしょ?だったら本当に偶然でしょうね。サークルの方は一昨日には決まってたんだし」
「俺だって一昨日には決めてたわ!!」
「そういう話じゃないわよ、めんどくさいわね」
呆れたように言う水守に目もくれず、東雲はわなわなと体を震わせていた。
計画を台無しにしたのが見ず知らずの大学生、それも怪盗を名乗っていると知って腹立たしくて仕方ないのだろう。
「そういえば、結局本物はどこに行ったのかしら」
「本物は俺だ!そんな奴らはただの怪盗名乗ってるだけの阿呆じゃねえか!」
「一応まだ見張りには立ってもらってるけど、なんの連絡も来ないな」
「おい聞いてんのか!俺は絶対認めねえぞ!何がサークルだ遊びでやってんじゃねえんだよ!」
「もしかすると、美術館の騒ぎを見て取り止めになったのかもしれませんね。ほら、向こうも騒がしかったから」
ワーワーと暴れ続ける東雲の体を、明乃が優しく押さえ込む。
いや、本人は優しく押さえ込んでいるつもりなのだが、彼、もしくは彼女がそんなことをして身動きが取れる訳もない。
「落ち着いてよう!」なんて言いながら腕にがっしりとしがみ付かれ、東雲は立ち上がることすらできなくなっていた。
「さて、これでまた振り出しに戻ったな」
「一昨日会った子にもう一度話を聞くのは……危ないわよね。彼、今日はもう行かないって言ってたし、目を付けられちゃうかも」
「おい!俺にも一枚噛ませろ!!」
東雲が吠える。どうしても納得できないのか、東雲の眼光は鋭く光り続けていた。
「計画を台無しにされたまま黙っちゃいられねえ、こうなったらそのサークルこと全部ぶちのめしてやる!」
「ぶちのめすって言っても、君ねえ……」
「今はどんな規模なのかも、誰がリーダーかもわからないんです。それに、学生たちの身の安全も考えないと……」
「そうだね。あの雰囲気じゃあ、裏切った者にはそれなりの制裁が下るだろうしな」
「知るか!俺はムカついてんだよ!そんなことするような奴に怪盗を名乗る資格はねえ!!」
その言葉を受けて、溜息を吐いたのは水守だった。
どうしてこうも怪盗というのは熱血バカが多いのだろうか。
水守も、自分なりに彼らの情熱を受け止めてはいるつもりだ。だが、どうしたって時代の熱に充てられた者たちの気持ちはわからない。
テレビで流れるニュースはすべて他人事だったし、自分がその場に立つなんて考えたことすらないまま生きていた。それもこれも、隣に座る男との出会いによって書き換えらえたのだが、未だに不思議な気持ちは残り続けている。
「まあ、俺もそう思うけどね」
「ふーん、やっぱアンタも思うところあるのね」
「そりゃまあ……いい気はしないよな。少なくとも、俺がなりたかったものとは真逆だよ」
「ああそうだ!その通りだ!!俺たちは犯罪がしたいんじゃねえ、エンターテイメントをしてえんだよ!!」
「エンターテイメントをするって何よ」
「俺も……気持ちはなんとなくわかります」
宮山が静かに言った。
そういえば彼もまた、時代の熱に充てられた者の一人である。
壱川や東雲とは違う立場を選んだだけで、その情熱はきっと同じものなのであろう。
「えーっと……」
ふーんと話を聞いているふりをしていると、困ったように視線をうろつかせている明乃と目が合った。
どうやら明乃にもわからない感覚らしい。水守は彼、もしくは彼女の目を見ながら、「馬鹿ばっかりよね」と訴えかけた。
明乃は「あはは……」と誤魔化すように苦笑いしている。
「とにかくだ!俺も調べるからな!なんならオメーらより早く丸ごと叩き潰してやるから覚悟しろ!!」
「……捜査の手が増えたと思っとくよ。あんまり悠長にしてると、被害が増える一方だろうし」
彼の言う通り、あまり時間がない。
もしも想像以上の規模ならば、早いうちに止めなければ被害に遭う者が増えていくばかりだ。そうなれば誰かの人生ごと潰れかねないのだから、じっともしていられない。
「って言っても、また大学で聞き込みでもするの?関わってるでいえば中島君って子がそうだろうけど、協力してくれるとも思えないし」
「バーカ、そんなチマチマやってたら遅れをとる一方だろうが」
ふんぞり返った東雲が、ニヤリと笑って腕を組む。
何か策でもあるのだろうかと思いはするが、期待の目を向けることはできない。
「せっかく顔も名前も割れてんだろ?もっと効率的に行こうぜ」
何故なら彼があくどい笑みを浮かべる時は――大抵、ろくでもないことしか企んでいないからだ。
つづく!