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とある男たちの奮闘編 弐

 

 もこもこのイヤーマフとお揃いの色をしたマフラーに顔を隠して、東雲宵一は憂いていた。
 冬は嫌いだ、寒いと起き上がるのも動くのも億劫で、自主的に外に出ようとは思えない。
 だが、季節の割に暖かさを感じるのは、きっと周りを取り囲む男達が原因だろう。
「そういえば、ついでにクリスマスプレゼントのことを聞こうと思って忘れてたな」
「あーそういやオレもまだ何にも用意してねえなあ。せっかくだし被らないようにここで話し合っとくか?」
「木野宮さんと明乃ちゃん、何か貰って嬉しそうなものとかある?」
「知らねーよ、キッチングッズとかじゃねえの」
「そう言われるとなんでしょう、……というか、用意してくれるんですか?なんか申し訳ないような」
「いーんだよ、いつも遊んでもらってっから!」
 浅野の光るスキンヘッドも、今日はニット帽に隠れている。寒さなどみじんも感じさせない笑顔だが、やはり毛がないと冬場は寒いのだろうかと宮山は考えた。
「京佑君は何か欲しい物ある?」
「俺か?」
「おい、そいつに渡すなら俺にも寄越せよ。一応同い年だぞ」
「君は立派な社会人だろ、欲しいならそりゃあげるけど……」
「いや、怪盗を社会人って言っていいんですかね」
 他愛もない会話を繰り広げながら、商店街を歩く。少しずつ人で賑わい始めたのはいいが、デコボコな男たちの並びが珍しいのかどうにも人目を引いている気がしてならない。
 それもそうだ、きっと周りから見れば兄弟にも親戚にも、友人にだって見えないだろう。一体何の集まりなのかと勘繰られていることに気付きながら、東雲はすべて見て見ぬふりをした。

 

 


猫猫事件帖
とある男たちの奮闘編

 

 

「んじゃあ、スーパー行く前に雑貨屋でも見に行くか」
「いいんじゃないか、ついでに電気屋も頼む」
「あ、じゃあついでに本屋もいいですか」
「もうなんでもいいから屋内に入りてえ、寒ィ……」
 まるで仲のいい友達のようだと思いながら、壱川は騒ぎながら歩く背中を見て笑っていた。
 こんなところを同僚にでも見られたらどうしようかとも思うが、まあその時はハッキリと友人だと言って誤魔化そうと思う。
 とはいえ、この中の一人の父親でもある自分の上司にでも見つかったら、言い訳だけではすまないだろう。考えると素直に笑えなくなっていくが、みんなが楽しそうにしているのは悪い気がしないし、こんな風に人と出かけることも珍しい。
 いつのまにか、元から線引きなどなかったように壱川の日常は範囲を広げていった。いや、もしかしたら彼らがそこに、当たり前のように入り込んできただけかもしれない。
「でもよお、オレはきのみちゃんがそんな含みあるようなこと言うとは思えねえけどなあ」
 ふと、浅野がそんなことを言う。壱川も思っていたことだ。
 当然東雲も、深海も同じことを思っていただろう。あの屈託なく笑う少女が、遠回しに文句など言うわけもない。
「俺もそう思います。でもどうしても気になって……」
「まあ複雑な親心ってやつだよな、オレにはわかるぜ」
「なんでお前にわかるんだよ」
「そりゃーオレだってずっとこいつの飯作ってるし、家事もオレがやってるからな!」
「……お前に育てられた覚えはない」
 自動販売機で買ったコーヒーで手を温めながら深海がキッパリと言い放つ。
「そういう東雲さんだって、明乃ちゃんの面倒見てんだからわかるだろ?」
「ああ?あー……まあ、気持ち自体はわからねえでもねえよ」
「ほらなー!?」
「でも家事は基本明乃ちゃんがやってくれてるんだろ?」
「今はな」
 はちみつレモンに口をつけて、東雲は赤くなった鼻をすすった。
 その場で、宮山だけは予想がついていたことだ。明乃に両親がいないという話は、以前家に遊びに来ていた時本人がこぼしていた。悲しそうにもしていなかったが、代わりに東雲が育ててきたのだろうと簡単に想像できる。
「アイツが家に来た頃は料理も洗濯も全部俺がやってたよ。まあ今となっちゃ家事が趣味みてーなもんだから、ほとんどアイツがやってるけどな」
「東雲君ってほんと面倒見いいよね」
「別に、もともと俺が拾って来たんだ。そんくらいの責任は……」
「へえ、拾ってきたの。どこで?」
「…………」
 壱川の顔が異様に近い。まずい、と東雲は目を逸らしたが、笑顔の圧力に耐えられず冷や汗が流れる。
「まさかとは思うけど誘拐じゃないよね?」
「誘拐……じゃねえよ、多分……」
 苦しい言い訳かもしれない。だが今は、必死に顔を背ける他に何も策が思いつかない。
「……はあ、まあいいよ、今はね。明乃ちゃんがいやいや君について行ってるようには見えないし」
「そうそう、オレだって京佑に拾われたようなもんだし、よくあることだって!」
「いや、よくはあっちゃダメでしょう、日本ですよここ」
 一際大きな風の音がする。宮山は冷たい風が首元にあたるのを避けるように体を縮め、やはりマフラーをしてくればよかったと後悔した。
「まあ子供なんてよ、親の気持ちなんかわかんねえもんだよ。オレもガキん時はそうだったしな」
「たまにゃこっちの都合も考えてほしいもんだけどな。明乃なんて最近反抗期なんだかなんなんだか、すぐに歯向かってきやがるし我儘ばっかりだぜ」
「わかります、目を離すとすぐにどこかに走っていくし、じっとしててねって言っても返事だけはよくて二秒後にはもう……」
「……今十七歳の話してんだよな?二歳じゃねえよな?」
「まあまあ、我儘なんて言ってくれるだけ可愛いじゃない」
 笑顔でそう言った壱川に視線が集まる。え?何?と戸惑う壱川に、じっとりとした目が。
「お前んとこは子供じゃないからわかんねえもんなあ?」
「やだなあ東雲君、顔が近いよ、顔が」
「前から聞きたかったんだけどさ、ぶっちゃけどうなのよ」
「ちょ、浅野さんまで……」
 待ってくれと両手を前に突き出しても、二人の勢いは止まらない。
 これは逃げられないと思ったのか、壱川は眉を下げて頬を掻いた。
「そりゃ彼女は子供ではないけど……、俺だって心配する気持ちはわかるよ」
「水守さん、走り出したら止まらないタイプですもんね」
「そうそう。それこそ何回言ってもすぐに無茶しようとするし、まあ俺には止められないんだけど……」
「へーへーごちそうさん
「聞いといてそれはないだろ!?」
「ま、みんな振り回されてるってこったな。ご苦労様だぜ」
「でもまあ、壱川さんの言う通りかもな。我儘言ってくれてるうちが華ってもんだ!」
「そうですね」
「そうそう、うちの京佑なんて手ぇかからねえように見えて、ほっとくとすぐ変な勧誘受けそうになってたり、危ない仕事に一人で行こうとしたり――」
「おい、本人の前で言うことか」
「たまにはいいだろォ?愚痴じゃねえよ、愛だよ愛!」
「うるさい」
 二人の続く攻防を聞きながら、三人の男たちはそれぞれ違う顔を思い描いていた。
 一人は、気が強くいつも仏頂面の女性を。
 一人は、朗らかな笑顔ながらおそらく人類最強の子供を。
 一人は、何を考えているかわからない、だけどとびきりの笑顔で宮山を迎える、そんな探偵を。
 彼らは一斉に肩を竦めた。
 東雲の言う通り、振り回されているのは事実だ。だがそれを止めることもできない。
 だが、そんな彼女たちが嬉しそうに食事をしている光景を思い浮かべて、悪くないと思ったのはそれぞれの秘密である。

 

 ***

 

「あ、悪ィ。銀行寄っていいか」
 歩いている途中で、東雲の言葉に全員が止まる。
 ちょうど視界に入る場所に地方銀行があって思い出したが、財布に金が入っていない。
 奢らせることも考えたが、成り行きとはいえこのままクリスマスプレゼントを見に行くなら一緒に買ってしまった方が楽だろう。
 そう考えて、東雲は銀行を指差した。
「おー、いいぜ。オレら外で待ってるわ」
「悪ィな、すぐ戻る」
 駆け足で銀行へ向かう東雲を見送って、残りの四人は近場に置いてあったベンチに座った。やはり目立つのか、道行く人の視線が痛いと壱川は思う。
 ついでに、地方銀行を使う怪盗なんて初めて見た、とも。
「東雲さんも苦労してンだなあ」
「まあ、十七歳なんてまだまだ子供だしね。彼もまだ若いのに立派だと思うよ」
 おー寒い、と浅野がダウンのポケットに手を突っ込んだのを横目に、壱川もまたコートのポケットに手を入れた。
「にしてもいい人だよなぁ、なんやかんや言ってついてきてくれてるし」
「彼、素直じゃないからね」
「聞かれたらまた怒られますよ」
「まあでも、たまにはこういうのも楽しいよな!?たまに男だけで飯とか行かねえ!?」
「……!」
「……おい、泣いてるぞ」
「えええ!?なんで!?宮山さん!?そんなに嫌なら断ってくれても……!」
「いえ、嬉しくて……」
「なんで今!?今まで何回も飯行ったよな!?な!?」
 呆れた顔で見る深海をよそに、宮山は鼻をすする。浅野は慌ててダウンのポケットからカイロやらなにやらを取り出し、元気づけようと宮山に手渡した。
「それで、結局何作るんだ」
 一連の流れを気にしないかのように、やはり無表情で深海は尋ねた。
 宮山と壱川は頼るように浅野に視線を送り、その本人はどうしようかと腕組みをして考えている。
「とりあえず今日安いもん買って、それから決めりゃいいんじゃねえか?」
「そんな芸当俺達には……」
「いやいや、オレがついてるから大丈夫だって!」
「ハンバーグとかじゃなくていいのか?」
「それはお前が食べたいだけだろ京佑ぇ……」
「でも一理あるな、子供が喜ぶものの方がいいんじゃない?って言っても、いまいち思いつかないけどね」
 尋ねた壱川の横で、浅野が勢いよく立ち上がる。一体何が始まるのかと思えば、浅野は大きな声であのなあ!と人差し指を立てた。
「こういうのはメニューより気持ちが大事なんだよ!それに、宮山さんも作れる簡単なレシピが知りたいんだろ?」
「ええ、まあ……」
「だったらそうしようぜ!手の込んだもん作って一度切りになるより、何回でも作れそうなやつ!宮山さんが頑張って作ったら、きのみちゃんもそれだけですげえ喜んでくれるって!」
「そう、でしょうか……」
 すっかり自信がなくなっていたが、確かにそうかもしれない。
 思えば木野宮はまったく料理をしないが、以前バレンタインに明乃と作ったというチョコをもらった時はすごく嬉しかった。
 それは、何よりも木野宮が宮山のために作ってくれたからであろう。もしくは、明乃の補助ありとはいえ、包丁を持てるようになったなんてという成長を感じてかもしれないが。
「振り回されてるっつってもさ、いつも元気もらってんのもほんとだろ?だから今日は感謝の気持ちを込めて、愛情たっっぷりで作ろうぜ!」
 な!と笑う浅野と目が合う。何かを覚悟したかのように、宮山はゆっくりとうなずいた。
「そうですね、その通りです。俺、頑張ってみます」
「そうそう、その勢いだ!東雲さんだってそれをわかってるから……」
「その東雲宵一なんだが」
 遮ったのは深海だ。ん?と全員が首を傾げる。
「……遅くないか?銀行に入ってから、もう結構経ってるぞ」
「確かに遅いですね。でもまあ、混んでるのかもしれないし」
「こんな時間にか?まだ高校生ぐらいしか見当たらないし、あの銀行が混んでるのなんて午前中くらいなもんだろ」
「……そう言われてみれば、確かに……」
 お互いの顔を見合わせてから、一番に立ち上がったのは深海だ。
 様子を見てくる、と言った彼を浅野が追いかけ、仕方なく宮山と壱川もそれについて行く。
 ガラス張りになっている扉の奥にATMが見えた。だが、そこに東雲はいない。
 なにやら奥の方が騒がしい気がして、深海はそのまま銀行に入る。
「おい、東雲宵一――」
 その後に続いて浅野も、談笑している宮山と壱川も、ろくに中を確認せずに入ってしまった。
 東雲と目が合う。なぜか両手を上げている彼は、こちらに気付いて声を上げた。
「あ、バカ、お前ら――!」
「おい!てめえが早くしねえから人が来ちまったじゃねえか!!さっさとシャッター閉めろ!!」
 男の怒号。小さな悲鳴。無慈悲に背後でシャッターが閉まる音。
 呆然と立ち尽くす宮山紅葉。
 小さく溜息を吐く深海京佑。
 お?と首を傾げたままの浅野大洋。
 肩を竦めて遠くを見ている壱川遵。
 そして、ついてないと言わんばかりに舌打ちをする東雲宵一。
「てめえら撃たれたくなかったら手上げてこっちに来い!!この銀行は俺達が占拠した!!」
 撤回しよう、男たちの戦いは、まだ始まってすらいなかったらしい。

 

 


つづく!